記憶喪失×片想い
『知ってるやつもいるだろうが昨日、舞岡が事故に遭った。幸い目立った外傷も無く、3週間程で退院できるとの事だ。…だけど、事故の時にどうやら軽く頭を打ったらしく、記憶が一部抜け落ちてしまったと親御さんからーーーーー』

梅雨も明け、あと数週間で夏休みを迎えようとしていた今日、HRでクラスメートの事故の知らせを聞いた。
朝から教室がいつもより騒がしかったのは、このせいだったのかとやっと僕は気付き、視線を前の席へと向けた。

「おはよー今井」
ガタリと目の前の席に座ったのは本来の席の主ではなく、友達の山田だった。

「おはよー」
「なぁ、お前の家ってM市のT区辺りだよな?」
「…うん。そーだけど?いきなりどうしたの?」
「舞岡が入院してる病院って、お前の家の近くらしい」
僕の家の近く…ああ、あの大っきい県立病院か。

「だから今日お前ん家に遊びに行くついでに、舞岡の見舞いにも行こうぜ」
「うん。いいよ」





山田と舞岡くんは小学生時代からの仲らしい。
教室ではあんま話をしている姿を見ないから、僕も最近までは知らなかった。
山田の話を聞く限り、別に仲は悪くは無いが、言うほど良くもないらしい。
だけど小学生の頃は何回かお互いの家に遊びに行っていたとかなんとか…
だからなんだろうな
今まで舞岡くんと関わりのなかった僕と違って、山田は小学生の頃から一緒
なのに突然舞岡くんが記憶喪失になったと聞いて、居ても立っても居られず、僕を誘ってお見舞いに来たんだろう。

「なぁ今井…着いて来てくれてありがとな」
「いえいえ。…山田の事、忘れて無ければいいな」
「ああ。だと良いよ」
病室を前にして少し怖気ずく山田の背中を軽く押してやり、トントンと軽くノックをしてからゆっくりと扉を開けた。

中に入るとベッドは1つしか無く、そのベッドの上に舞岡くんはいた。
こちらを見ている舞岡くんはどこかボーッとしながらも、しっかりと僕達を目にとらえた。

「…よぉ、舞岡」
「…」
「俺のこと、覚えてるか?」
「……あぁ、お前山田か!見た目が少し変わってるから、気付かなかったわ」
目に見えてホッとした顔を浮かべる山田に、僕もホッと胸を撫で下ろした。

「記憶喪失になったとか聞いたから、俺の事も忘れたんじゃねぇかとヒヤヒヤしたわ。他は大丈夫なのか?」
「忘れてねーよ。おう!ピンピンしてる」
ならよかった と楽しそうに会話に花を咲かせているのを見ていると、舞岡くんはチラリと僕を見た。

「…っで、隣の奴は誰?」
一瞬僕と山田の時間が止まった。
『ごめん。今回の事故で、高校に入ってからの記憶が全部抜け落ちて無いんだ』と本当に申し訳なさそうな顔をして謝る舞岡くんに、これと言って仲良かった訳ではないのでこちらが申し訳なくなる。

「初めまして。今井春架です。山田の友達で、今の席は舞岡くんの後ろです。」
ニッコリと挨拶をする僕に、舞岡くんはつられるようにして笑い『初めまして』と言った。



ようやく帰ると言い出した山田を見送ってから、ふぅーっとため息をつき、僕はベッドに横になった。
舞岡くんが記憶喪失になる前、僕達は挨拶するだけのただのクラスメートだった。
だけど僕は、密かに舞岡くんに想いを寄せていた。

きっかけは今思えばほんの些細な事で、舞岡くんが記憶喪失になってないとしてもきっと覚えてないことだろう。
それに自分の気持ちを自覚した時には既に、舞岡くんには恋人がいた。
女の子より可愛いと有名な、舞岡くんの親友である林くんが…

『男同士なのに…』なんて舞岡くんの事が好きな僕は言えない立場なので、そんな事を言う気はさらさらない。
それに舞岡くんの恋人である林くんは、男の僕から見てもとても可愛いと思う。
パッチリした目に色白の小さな顔は、本当に男なのかと疑ってしまうほど…


舞岡くんと林くんが付き合ってるという事は、二人の友達以外は知らないことらしい。
噂になってるのすら聞いたことがない。
僕はたまたま放課後、二人が誰も居ない教室でキスしているのを見てしまい、二人の関係を知った。

その時にようやく僕は、自分の気持ちを自覚した。
気付いた時には既に遅く、失恋していたが、僕は舞岡くんへの気持ちを吹っ切ることが出来なかった。

だから、
記憶がない舞岡くんと少しでも前より仲良くなれるように、そして僕を見てもらえるように
山田と一緒にお見舞いに行ってからは、毎日一人でもお見舞いへ行くようになった。
そして毎日くる僕に、舞岡くんのお母さんが『今井くんが、話に聞く孝弘の恋人なのかしら?』と舞岡くんのいる前で聞かれた時、僕はとっさに『…そうです』と答えてしまった。





「春架…昔の話、聞きたい」
「…うん」
ベッドの上に乗せられ、後ろから抱えられるようにして抱き締められる。
口から心臓が出てしまうんじゃないかと思うほどドキドキしているが、それを悟られないように話をする。

孝弘くんは僕を恋人だと勘違いした。
記憶喪失になる前の孝弘くんはお母さんに『男の恋人がいる。いつか紹介するから』とだけ言っていたらしく、誰とは教えていなかった。

僕を恋人だと知ってから、孝弘くんは『前はお互いなんて呼び合ってたの?』『付き合ってどれぐらい?』『どこへデートに行った?』『恋人らしいことちゃんとしてた?』と男同士という事に疑問もわかず、むしろ僕を好意的に受け入れてくれた。

どの質問にも僕は自分の妄想を語り、孝弘くんに嘘をついた。
『僕は『孝弘くん』で、孝弘くんは僕のこと『春架』って呼んでくれてたよ』
『2年に上がってすぐだから半年ぐらいかな』
『二人で映画見に行ったり、買い物行ったり色々したよ』
『恋人らしいこと…?…手繋いだり、今みたいにギュッと抱き締めてくれてたよ』

嘘に嘘を塗り固め、そして更に嘘をつく。
有る事無い事スラスラ口から出るのは、全てが今まで考えていた、僕が孝弘くんとしたい願望だったから。

「手繋いだり、抱き締めてるだけだったんだ……ねぇ、こーいうことはしてなかったの?」
「…え?…ん」
ぐいっと顔を後ろに向かせられたと思った時には、すでに柔らかい何かが口に当たっていた。

「たかっ、ひろくん!」
「真っ赤になっちゃって、相変わらず春架は可愛いな。…っで、してた?」
「…たまに」
「そっかー。じゃあ多分それは春架が恥ずかしがるからあまりできなかっただけで、きっと俺はいつも春架にキスしたいと思ってたよ」
チラリと後ろにいる孝弘くんを見ると、幸せそうにニコニコと笑っていた。

ああ…孝弘くんと林くんへの罪悪感と、醜く汚い自分に思わず涙が出てきそうだ。
ごめん。…ごめんなさい、ごめんなさい…





孝弘くんが入院してから2週間が経った。
あと1週間で退院できるが、それと同時にこの関係もあと1週間で終わってしまうだろう。
記憶が戻らないにしても、学校に通い出せば嫌でも断片を思い出すし、林くんへの気持ちもよみがえる。


「ねぇ春架。春架はなんで俺の事を好きになったの?今更だけど俺達は男同士だし」
「…孝弘くんは覚えて無いだろうけど…」
僕達が初めて会ったのは高校の入学式だった。
当日は親が二人とも仕事で、入学式には一人で行くことになった。
今まであまり電車に乗ったことがなかったせいで、間違えて逆方向の電車に乗ってしまい、入学式には30分以上も遅れて会場に着いた。
中から聞こえる校長先生らしき人の挨拶を聞き、扉の前で『どーしよう』と僕は項垂れていた。
その時に『君、どうしたの?』と孝弘くんが声をかけてくれた。
事情を話すと『大丈夫大丈夫。俺、トイレに行きたくて立ったけど、誰も気付いてなかったし、ささっと座っちゃえばバレないよ』と笑って、うじうじしていた僕の手を掴み
『行こう』と言って、僕の手を引っ張ってくれた。

「その時は『カッコイイ人だな』ぐらいにしか思ってなかったけど、今思えばきっとそれが孝弘くんの事を好きになったキッカケなんだと思う…」
「そっか…ありがとう。春架の話聞けてよかった。…俺も春架が好きだよ。愛してる」
孝弘くんは僕の髪にキスし『好きだ』『愛してる』と僕が恥ずかしいからやめてと言うまで、ずっと囁き続けた。





いつか来るだろうと覚悟はしていたが、夢の終わりの時間は思っていたより、早く来てしまった。


放課後、いつも通り孝弘くんのお見舞いへ行こうとした。
けれど校門の前で待ち構えていた林くんと、孝弘くんの友達2人に声をかけられた。

目を潤ませ、赤く腫らしている林くんの姿に僕は悟り、大人しく着いて行った。

「昨日、孝弘の見舞いに行った。そん時にお前と孝弘がキスしてる所を見たんだが、どういうことだよ…。言い逃れは出来ないからな。」
「…」
「…ッチ、なんとか言えよ」
大声をあげ、今にも僕に殴りかかろうとしていた所を、もう1人のやつが『落ち着けって!』と言い、抑えた。

「…なぁ、孝弘の母さんがお前の事を孝弘の恋人だって言ってたんだけど、どういうこと?」
「…」
「黙ってちゃわからないよ?」
まずは謝らなきゃいけないとはわかっているのに、なかなか言葉を発することができない。

「なぁ、…ひっく…な、なんで……なんでお前が、孝弘の恋人に、なってん、だよ」
「……ごめん、な、さい…」
ボロボロと涙を流す林くんに、胸が痛くなる。
わかっていたことなのに辛くて仕方ない。
だけど僕以上に林くんの方が辛いんだから、僕なんかが泣いちゃダメだ。

「ずっと前から舞岡くんの事が好きで…、記憶が無いのをいいことに…舞岡くんや舞岡くんのお母さんに、嘘、つきました…。本当に、ごめんなさい。」
「『ごめん』じゃ済まねぇんだ…」
「頭に血、上ってるだけだから、こいつのことは気にしなくていいから。…っで、今井くんだっけ?このあと、何をしなきゃいけないか、わかるよね?」
無言で頷き、俯く。





3人の数歩後ろを歩き、この3週間を1人振り返る。
偽りの関係だとしても孝弘くんとの日々は幸せでたまらなかった。
だけどそれと同時に、孝弘くんと林くんへの罪悪感は日に日に膨らんでいった。
だけどそれでも叶わないと思っていた事が叶い、まさに天にも昇る気持ちだった。

明日が退院の日。
願わくは最後まで一緒に居たかった。


「…孝弘…俺が、お前の本当の恋人なんだよ…お願いだから、思い出して、くれよ…」
「お前はあいつに、ずっと騙されてたんだよ。本当の恋人はこっちだ」
「…なんでもいいから何か、少しでも思い出してないのか?」
3人が必死で孝弘くんに話しかける中、僕は後ろの方で静かに涙を零しながら見守る。

チラリと3人がこちらを見てくる視線を感じ、僕は涙を拭って前へ1歩出た。

「…林くんが本当の舞岡くんの恋人だよ。僕は舞岡くんに片想いしてただけの、ただのクラスメートなんだ。…今まで言ってきたことも勿論全部嘘。舞岡くんが記憶喪失になったことをいいことに、色々嘘言ってごめんなさい。…本当に、ごめん、なさい…」
無意識にポロポロ溢れてくる涙は自分の意思では止まってくれず、みっともなかったが、言いたい事は言えた。

ようやく…、罪悪感から解放された気がする。
だけどこれで、僕と孝弘くんとの関係は昔より悪いものになってしまっただろう。


「…話があるから今日は春架以外は帰ってくれる」
感情の読めない声色に3人は大人しく病室から出て行った。
僕はこれから言われるだろう罵詈雑言に気を引き締めた。

「春架…こっち来て」
「…」
「ここ座って」
そう言って、いつもの僕の定位置を軽く叩いた。
訳がわからず、不思議そうな顔をして孝弘くんを見ると

「俺も春架に謝らなきゃいけないことがある。…俺の記憶な、もう全部戻ってるんだよ」
少し申し訳なさそうに、眉毛をハの字にさせ、僕に謝ってきた。

「…い、いつから…?」
「1週間ぐらい前から。…だから春架が本当の恋人じゃないってこと、実は知ってた。知ってて春架とずっと一緒にいた」
ぐいっと手を引かれ、いつもの定位置である孝弘くんの足の間に座らされた。
後ろからギュッと抱き締められ、出し切ったと思っていた涙が、再び出てきた。

「ずっと俺のそばに居てくれてありがとう。ずっと俺の事、好きでいてくれてありがとう。…好きだよ春架。愛してる。」
「うっ…ひっく…ごめんなさい。嘘ついて、…好きになっちゃって…ごめん、なさい」
「もう謝らないで…。確かに春架のしたことは褒められたことじゃないけど、もういいんだよ」
チュッと音をたて、僕の髪やほっぺに孝弘くんはキスをする。

「確かに好きだった気持ちは今も僅かにあるけど、今は春架の事が好きで好きでたまらないんだ。あいつ等には俺から言うから、春架は何も気にしなくていいよ」
もしかしたらこれは僕の夢なんじゃないかと今更感じてきた。
夢でもなんでもいい。…ただ、この温かい腕を僕は絶対に離したくない。

「孝弘、くん…」
「春架…」
柔らかい唇を感じ、夢じゃないことを確認する。
深くなるキスにそろそろ息が苦しくなり、孝弘くんの胸を軽く叩くと、ゆっくりと離してくれた。

「…退院したら、春架が言っていたこと、全部叶えよう。そんで忘れられないような思い出、たくさん作って行こうな」
優しく僕の頭を撫で、ニコリと笑った。

僕の手を引っ張ったあの時の孝弘くんは、あの時と変わらず、やっぱり僕の手を力強く引っ張ってくれた。








解説
『記憶喪失になった片想い相手に『自分が恋人だ』と嘘ついたことから始まる話』をテーマに書き上げました。

林くんは良い子ですが、メンタルが少し弱かったんです。
入院した恋人を心配してお見舞いに行ったが、恋人は記憶がなくなっており
『誰ですか?』と言われたのがショックで、深く傷つき、1度行ったっきりお見舞いには行っていなかった。
だけど友達2人に誘われ、ようやく行く気になりお見舞いに行くと、恋人とクラスメートがキスしている所に出くわしてしまった。

孝弘くんの記憶は入院して2週間程経った頃には戻っていた。
だから『ねぇ春架。春架はなんで俺の事を好きになったの?今更だけど俺達は男同士だし』と質問した時には既に戻ってます。
記憶が戻ったからこそこの質問をし、元々春架に傾きかけていた想いが、この質問の答えを聞き、完全に春架の事を好きになった。


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