俺だけを見て、先輩
※『こっち向いて、先輩』『先輩の後悔』『好きです、先輩』『先輩の思い』の続き



『バーベキュー行かない?』
もうすぐで寝るというその瞬間、突然先輩から電話がかかり、即座に電話に出ると、そう言われた。
「行きます。…あの、いつするんですか?」
『明日』
「え?あっ、明日?」
驚く俺に構わず、待ち合わせは何処で時間は何時だと必要な事を伝えると『じゃあ明日。おやすみ、慎吾』と言って先輩は電話を切ってしまった。
耳に残る俺の名前を呼ぶ先輩の声と、久しぶりに先輩と会える嬉しさに、顔と耳を真っ赤にさせながら俺はベッドに倒れ込んだ。




待ち合わせ場所に着くと、既に数人の先輩達が居た。
「おはようございます」
「おはよー慎吾くん。誠司のやつ、昨日の夜に誘ったんだって?突然ごめんな」
「いや、誘ってもらえてすごく嬉しいです。ありがとうございます」

今日は車で1時間の場所にあるキャンプ場でバーベキューをするらしく、そこへ行く途中で食べ物を調達するんだと詳しい説明を聞いていると、「おはよー」という声と共にピタッと背後から誰かに勢いよく抱き締められた。
誰かなんてわかりきっているので、「先輩、おはようございます。今日は誘ってくれてありがとうございました。」と顔を後ろに向けると、思っていた以上に近い距離に先輩の顔があり、一瞬呼吸が止まってしまった。

「おはよ、慎吾。今日も可愛いね」
「え?あっ、はい。いや…え?」
「ほらほら慎吾くんが超困ってるから。このチャラ男が、さっそくナンパすんじゃねぇよ」
「は?こんな清純派爽やかボーイに向かって何言ってんだよ」
先輩達の会話は聞こえているが直ぐに右から左へと流れて行ってしまい、頭に入ってこない。

鼻と鼻がぶつかりそうな程近い距離
…あんな近い距離にいつも先輩の顔があっただなんて、知らなかった。
最近ようやく先輩からのスキンシップにも慣れ始め、その中でも後ろから抱き着かれるのは顔が見えない分平気だったが、あんな近い距離に先輩の顔があるんだと知って、これからは平静でいられる自信がない。

「慎吾?どうした?顔真っ赤だけど、熱でもある?」
いつの間にか目の前に来ていた先輩は俺のおでこに手を当て、『辛いようなら風邪薬でも買ってく?』と言い、今度は俺の頬に手を添えた。
先輩はただ慕ってくれる後輩を心配してくれてるだけだというのに、俺は不純な考えを巡らせ、俺だけに向けてくれるその視線や思いに身体を熱くした。
「…大丈夫です。あの、はい!」
「そぉ?無理なようなら直ぐに言ってね」
頭を撫でてくれる先輩は相変わらずカッコ良くて、俺のこのどうしようもない思いがさらに膨らんでしまう。




顔見知りの先輩も居るが、全く知ら無い人も沢山居て、総勢数十名でバーベキューをすることを知らされた。
これは何の集まりなのかと疑問に思って隣にいる先輩に聞くと、『んー?』と考え込んだあと『わかんない』と言われた。
数週間前に先輩がバーベキューをしたいと言い出したらしく、友達や知り合いに声をかけ、『俺が知らない奴でもいいから、行きたいって人が居たら誘っておいて』と言ったら沢山集まったらしい。
能天気に『ビックリだよねー。こんなに集まるとは思わなかった』と笑う先輩に俺は目が点になった。
そしてたくさんの人に囲まれてる先輩にとって俺はただの後輩の1人なんだと気付かされて、少し胸がチクリと痛んだ。
誘われたのだって昨日だったし、ああヤバイ…苦しい。

心を落ち着かせて必死で感情を無にする。
先輩の1番で居たいという気持ちを捨てたいのに、捨てきれない自分に嫌気が差す。

「おはよう慎吾くん」
「え?あっ!おはよう奏多くん」
突然声をかけられ、声のした方を向くと奏多くんがいた。
先輩に紹介されてから見かけはするが、話したことがなかった奏多くんに突然話し掛けられ、驚いてさっきまでのモヤモヤがどっかへ吹き飛んでしまった。
「なんか暗いけど大丈夫?体調でも悪い?」
「慎吾体調悪いの?どうする?やっぱり風邪薬買いに行く?」
ただ勝手に1人で落ち込んで、自己嫌悪してただけなので、奏多くんと先輩が心配してくれるのが少し心苦しい。

「先輩は心配しすぎですって。ほらこの通りすごく元気ですから、大丈夫ですよ」
ニコニコと笑って平気だと伝えると、2人は納得してくれたのか、違う話へと話題が変わった。





全員が集まり、材料調達班とキャンプ場直行班に分かれ、俺と奏多くんと先輩は、先輩の友達の優さんの車に乗ってキャンプ場へと直行した。

『ちょっと肩貸してくれる?』
車に乗って直ぐそう言った先輩は、俺の肩にもたれかかり、寝てしまった。
そして車の揺れで肩に置かれていた先輩の頭は俺の膝に落ち、結果的に先輩に膝枕をする形になってしまった。
グッスリと寝ていることを良い事に先輩の少し癖のある髪の毛を撫でてみると思っていた以上に柔らかく、サラサラしていてとても気持ちよかった。

「慎吾くんさー、よく誠司さんと付き合ってられんね」
「え?」
突然声をかけられ驚いてパッと先輩の頭から手を離した。
「誠司さんって僕等より年上なのに中身ガキだし、慎吾くんには特にベタベタだから疲れないのかなーって」
5人乗りの車の助手席に座っている奏多くんからの質問に、俺はなんて答えればいいのか悩む。
確かに先輩は俺との約束を忘れたり、今回みたいに前日に突然誘ったり、強引な所もたくさんあるけど、だけど先輩はすごく良い人だと思う。
曲がった事が嫌いで、自分が悪いと思ったらとことん謝り続けて、表情豊かで見ていて飽きない。
そんな先輩に対して俺は正直疲れたなんて思ったことがない。
むしろ俺はどうすれば先輩の機嫌をとれるのか、そっちばかり考えているから、先輩の方が俺に対して負の感情を持ってるかもしれない。

「疲れるなんて!!!先輩は俺なんかに構ってくれるし、すごく優しいし、そんなこと思ったことないよ」
「優しい?ないない。この人いっつも面倒ごと僕になすりつける「奏多てめぇ、俺が寝てるからって好き放題いいやがって」ちーっす誠司さん、はよーっす」
「あとで殴る」
さっきまで寝ていた先輩はいつの間にか目を覚まし、話を聞いていたらしく、奏多くんに向かって暴言を吐いた。
2人とやりとりにハハハと笑いながら欠伸をする先輩を見ていると、視線に気付いた先輩がこちらを見て「おはよう」と言い、ニッコリと笑いかけてくれた。
寝起きの先輩はいつもとは違ってふにゃんと柔らかく、カッコ良いけど可愛く、高まる感情が抑えきれない。

「あっ…ちゃんと付けてんだ?偉いねー」
目を瞑って必死に他のことを考えていると、不意に先輩の指が俺の耳に触れた。
「なぁなぁ、奏多に優」
「なんですか?誠司さん」
「なんだ?」
先輩の呼び掛けに二人が答えると、「慎吾のこのピアス穴な、俺が開けたの。んで、ファーストピアスは俺が選んだやつで、ファーストピアスが終わったら、俺の付けてるお揃いのやつを慎吾も付けるんだ」
そう言って俺の耳たぶをムニムニと触りながらしごく嬉しそうに先輩は笑い、語った。
「…慎吾くん可哀想。ってか誠司さん気持ち悪いっすわ。正気ですか?」
「それを俺達に言うあたり、タチが悪いな」
先輩の発言に何故か奏多くんも優先輩も苦笑いをし、俺には意味がわからず先輩を見ると、ニコニコと微笑まれた。




キャンプ場着くと道具を広げ、さっそくバーベキューが始まった。
運転手以外の人は酒を飲み、俺も少しお酒を飲んでみたがあまり美味しいとは思えず、直ぐにウーロン茶へと飲み物を変えた。
食べてばっかりではなく、後輩の俺が雑用をやらなきゃと、肉や野菜を焼く手伝いをしていると、ビール片手に先輩がやってきた。
「ちゃんと食べてる?慎吾はたくさん食べな」
そう言って、肉と野菜がたくさん入っている皿を渡された。

「ありがとうございます。でも俺、こんな食べられないですよ」
「だーめ。こんぐらい食べられなきゃ、大きくなれないよ?ほらあーんして」
酔っ払ってるのかいつもよりテンションの高い先輩に逆らえず、言われるがまま口を開けて、食べさせてもらう。
皆がいる前でこんなことをされるのはすごく恥ずかしくて、顔から火が出てしまいそうになるが、バーベキューに集中していて俺達のことなんて見ていないと信じ、先輩からの『あーん』に嬉しさを押し殺しながら、先輩の好きなようにさせる。


「先輩…もう俺、お腹いっぱいです」
「もお?慎吾が食べてる姿可愛いから、もっと見たかったんだけどなぁ。そっかー、じゃあ残りは俺が食べとくね」
さっきまで俺が口を付けていた箸で躊躇いもせず食べ始める先輩に、俺は箸から目が離せなくなった。
間接キス。その言葉が頭に浮かび、グルグルと回る。
ただの先輩後輩だから先輩は全く気にしてないのに、俺ばっか気にして、変な事を考えてしまう。
必死に別のことを考えるが、全然頭が冷静になってくれない。

「あの!あっちに川があったんで、ちょっとそっちに行ってきますね」
先輩の近くにいるともっと変なことを考えてしまうと思い、小走りで川へと向かう。
火照る顔に手を当てて冷まそうとするが、なかなか冷めてくれない。

「はぁ…先輩か好きすぎて辛い」
膝を抱えてボーッと川を見る。
ゆったりと流れる川に心が落ち着き、癒された。

先輩とは良い関係を築き、これからも仲良くしていければいいなと思うが、スキンシップが多く、平気で甘い事を言う先輩にいつも俺の心は乱されっぱなしだ。
諦めようと何回も考え、実行しようとしてるのに、チョロい俺は、先輩に優しくされるだけでまた好きになってしまう。
長年の片想いが今になって俺を縛り付ける。
どうやっても俺は先輩から離れられないし、先輩を好きでなくなることができない。
先輩のことでいつでも俺の頭の中はいっぱいになってしまう。

はぁとため息をついてると、トントンと肩を叩かれた。
後ろを振り向くとそれは先輩で、先輩は俺の隣に腰を下ろした。
「どうしたんですか?」
「んー?慎吾とお話ししたかったから来ちゃった」
「話?」
「うん。夏休みに入ってから全然慎吾から連絡無いから、嫌われちゃったのかなって、思ってたんだよね」
奏多が車の中で言ってたとおり、俺ってめんどくさい奴だし、慎吾に嫌われちゃったかな?って気が気じゃなかった。

「先輩のこと嫌いになるなんてあり得ないですよ!」
「本当?実はとか嫌だよ?」
「無いです。大丈夫です!…むしろ俺の方が先輩に嫌われてないか気が気じゃないです。先輩は友達多いし、可愛がってる後輩も俺以外にもたくさんいて、俺なんてその中の1人だし、今回は連絡をもらえたけど、いつか俺を呼んでくれなくなるかもしれないと思うと、すごく…怖いです」
思わず口から出てしまった本音に、怖くて先輩の反応を見ることが出来ない。

「慎吾は可愛いね。一生懸命で、俺の事が大好きで、すごくすごく可愛い。だけど心配する必要はないよ。俺は慎吾とこれからもたくさん一緒に色んな所へ行って、色んな事をしたいと思ってるから、いつでも真っ先に連絡するから。だから安心して」
優しい先輩の声に俯いてた顔を先輩の方に向けると、ムニッと唇に柔らかい物が触れ、先輩の顔がどアップにあった。
「慎吾可愛い」
酔ってるせいでへにゃっと笑う先輩に俺の心臓が止まった。
そして次の瞬間にはあり得ないほどの早さで鼓動が動き始めた。







解説
夏休み入って1週間ぐらいのお話。
先輩は慎吾くんとどっか遊びに行きたいと思って『そうだバーベキューをしよう』と発案した。
だから先輩の中で慎吾くんを誘うことは大前提で、先輩の中で慎吾くんを誘った気で居たから『あれ?そういえば慎吾の事誘ってない!!!!』と気付いて、慌てて前日の夜に電話をかけた。

ナチュラルに先輩は既に慎吾くんのことを名前呼びしてます。進展です。




prev next

bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -