∞ | ナノ
大学生活最後の夏休みがやってきました。わたしは大学の教授のコネもありマコモさんとショウロさんの研究所で夏休みの期間だけお手伝いさせていただけることになりました。クダリとはまだ付き合っている。
「ナマエちゃん、悪いんだけど一階の机の上のUSB取ってきてくれないかな」
ショウロさんなんかわたしとあまり年変わらなそうなのにイッシュのポケモン預りシステムの管理人をやっているし、姉のマコモさん共々研究者としてとても尊敬している二人の下で夏休みの間だけでも働けるだけで幸せだ。あと半年すればそんなこと言ってられないだろうがもうニートでいっか、でもトレーナーやってお金稼ぐニートとかやだなあ。
マコモさんのムンナがわたしに近づいてきて小さく鳴いた。わたしの顔を覚えてくれたのだろうか、嬉しい。わたしはポケットの中からオレンのみを取り出してムンナにあげて優しくこしょこしょとお腹を擽ってあげればなんか最近ムンナが太った気がしてお腹の肉をむにってつまんでやった。喜んでたムンナはお腹を摘ままれてはビックリしてマコモさんのところに逃げてしまった。
そしてわたしは卒業研究のやり残しをこなすために今日の仕事を終えて学校に戻ることにした。研究所を入った時に青かった空は真っ黒になっていて空の真ん中で月がにやりと笑っていた。
わたしが学校に着くまでに下校する生徒と何人もすれ違った。学校に着いた時にはわたしの首筋に一本汗の筋が長く通っていた。卒業研究も終わればわたしたちは本格的に社会人だ。お腹いたいから会社休んじゃうとかお昼の時間だからお昼を勝手に食べに行っちゃうとかができなくなって大人としての責任を負わなくちゃいけなくなってしまう。誰からも守られなくなってしまうわたしは激しく変動する社会の中で自分を見失わずに生きていける自信がなかった。
研究室のドアノブをひねればじめじめした湿気がわたしを出迎えてくれた。久しぶりにライブキャスターを見ればクダリから一つ連絡が入っていた。クダリと付き合いはじめてからノボリとあまり絡まなくなった。気を使っているのか、それともわたしたちに対する当て付けなのか、ノボリと一緒に暮らしているクダリに聞いても少し濁して流されてしまった。時々うちに来てご飯を作ってくれなくなったノボリのせいか栄養が偏って少し太ってしまった気がする。クダリがごはん作ってくれたことがあったがキッチンは爆発するし、正直ノボリのごはんのが全然おいしかったけどクダリのが美味しいよって言ってあげれば親に誉められた子供のように喜んだからわたしも素直に嬉しくなって重たいスプーンを再び口に運んだ。
連絡は夜にしようとライブキャスターをバックの中にしまい、部屋の電気を手探ればなにかに躓いてしまった。
「いた」
と呟いたのは黄緑頭のNだった。彼はぐぐぐっと背伸びをして眠そうな目でわたしを見た。
「ナマエ」
「寝不足?」
「うん、最近トモダチになったダルマッカが夜中ずっと唸っていてね、少し眠れないんだ」
ダルマッカは夜行のポケモンじゃないし夢遊病かなんかだろうと思った。
「大丈夫?」
「みんな最初はそんなもんさ、慣れてる」
とNは寂しそうな顔をした。
「Nって学校来てるの?」
「車が用意されてるからね大体は来てるんじゃないかな?あまり自分がなんの授業を履修しているかはわからないけど」
「え、Nっていつも何してるの?就職は?卒業論文とかは?」
「最近はトモダチと過ごしていることが多いかな」
Nの日常があまりにもわたしとは似ても似つかなくて少し笑った。
「にしてもこの部屋はひどいね、このホルマリン漬けとか考えられない」
そんなことを言われれば研究している自分がせめられているようでわたしは黙ってしまった。Nは瓶をなでながら頭をムンナにくっつけるようにして目をつぶっている。
「ボクが死者の声も聞こえればよかったとどれほど思ったことか」
「人間の言葉以外の声が聞こえたら耳が使えなくなっちゃうよ」
「人間の言葉なんて聞かなくていいんだ。でも不思議だ君は普通の人間と違うよ。ボクの知ってる人間は」
とNのしゃべっている内容の途中でわたしのライブキャスターが静かな研究室に響いた。Nに謝って研究室を出てライブキャスターに応答すれば両手で顔を隠しながら肩を狭め縮こまっているクダリが画面に映った。
「ごめん、ナマエ‥ごめん、ごめん」
「どうしたの?」
クダリはごめんごめんしか言わなくて顔も一切ライブキャスターに映そうとしなかった。わたしもクダリのことは好きだし、何より普段ニコニコしているクダリが泣きながら連絡してきたのだ。心配しないわけがない。
「‥‥ボクさ生ませちゃったみたい」
宥めて宥めてやっと言ってくれた内容にクエスチョンが体を支配した。
「ゴムはしてたんだ‥でも今日家にいきなり来られて責任取れって言われちゃって‥」
グズグズ泣くクダリを他所にわたしは大分落ち着いていた。きっとわたしたちが付き合う前の彼女にだろう。責任を取らなくちゃいけないクダリと別れてわたしは中学生の時のような短い付き合いを終わった。今日の研究のノルマをクリアする気にもなれずNと手を繋いで家で一緒にそうめん食べて、ベッドに入ったら次の朝になった。
女の子はゆらゆらと