襟を正してみたって世界はかわらずくだらないままごとを繰り返して動き続けているよ | ナノ





木曜日の夜名前と少し喧嘩した。喧嘩の内容は結構くだらないことだった気がするけど、金曜日の朝はお互い真っ正面に座って朝食を取っていたものの一言も喋らず学校に向かった。夜も僕の帰りが遅かったっていうのもあるけど、名前はベッドの壁にへばりつくように寝ていた。なので僕も名前に背を向けて床に落ちそうになるくらいの端っこで眠った。そして土曜日の朝、カーテンから覗く朝日が眩しくて起きたら名前がいたはずの壁側の布団はもう冷たくなって、家の中も時計の針の音と古い冷蔵庫のうめき声だけが部屋の中に響いた。普段朝から起きして出かける時は食器なんか洗っていかないくせに、今日は朝食に使った食器を洗って、しかもそれも食器棚に拭いて戻してある。朝ごはんはちゃんと食べて行ったのか、だって昨日僕が買ってきた食パンが一枚だけなくなっている。
僕は思わず重たいため息を吐いていた。めんどくさい。この部屋は誰かと一緒に住んでいるようで住んでいないような。なんとなく、ある妖精が借り物をして屋根裏に住んでいる映画を思い出した。僕はやかんに水を入れて、コンロの火をつけた後洗面台に向かった。

朝食はめんどくさくてコーヒーとガムだけで済ませた。お腹は空いてたけど、別に食べたくない気分だったので我慢できた。面白くなさそうなテレビをつけて、こないだ買った雑誌を読んでいたらあっという間に午前中が終わっていた。休日のお昼はいつも名前が作ることが多くて、なんとなく自分で作るのはめんどうだった。立ち上がってぐぅーっと勢いよく腕を伸ばし、背伸びをしたら天井に手がぶつかる。朝もろくに食べてないし、お腹空いたので近くのスーパーに行ってなんか甘いものでも買ってこようかな。めんどくさいけど


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休みの日のスーパーだっていうのに、近所のスーパーは人が少なかった。レジの人も一人しかいなくて、暇そうにレジなパネルでいじっている。僕はカゴを持って野菜コーナーを通過して、生臭い鮮魚コーナーの角を曲がった後にあるお菓子コーナーに向かおうとしていた。スーパーに来て真っ先にお菓子コーナーに向う途中「あ、蛍くん!今日ほうれん草が安いよ!」など野菜のお買い得情報で僕を引き止める相手もいないのでするすると僕は目的の場所に向かえた。しかし、少し先の精肉コーナーの方で独特な髪型を見つけた。思わず僕は棚の影に隠れ、このスーパーではなくコンビニで買い物を済ませようかなどとかんがえた。
なんでこんなところにいるんだろう。でもここ東京だからいてもおかしくないのか、などと考えていたら「おや、おやおやおや」と背後からポンと肩に手を置かれ、振り向いたら案の定予想通りニヤニヤしてる黒尾さんがいて僕は思わずため息を吐いた。

「…お久しぶりです」
「あれ、なんで東京にいるの?大学東京?上京して来たの?」

久しぶりにみた黒尾さんの顔は変わらず胡散臭い顔をしている。僕は昔からこの人の見透かすような、人を小馬鹿にするような目がすごく不快に感じていた。高校の時もなるべく関わらないようにと遠ざけていたはずだったのに、この人は気付けば僕を遊ぶようにひらりと話しかけに来て、世話を焼くんだ。別に頼んでもいないのにこの人にはいろいろなものを教えてもらった気がする。

「まあ、そうなんですよ、では…」
「あ、まだカゴになにも入ってないじゃん。一緒に巡ろうよ、スーパー」

なんで僕がこの人スーパーを一緒に回らなくちゃいけないんだ。僕がお菓子コーナーに行こうとすれば、黒尾さんもそのあとをついて来た。僕も特に話すこともなく、黒尾さんも何か話すわけでもなさそうなのに、同じ身長くらいの大男二人がカゴを持ちながらスーパーを一緒に回るのは気が引けた。
黒尾さんのカゴにはすでに二袋テープで止めてあるソーセージが入っていた。僕はお菓子コーナーに来て、なにを買うか考えていた。うちのお菓子ボックスももう底つきそうだし買い足しておくか、と僕はとりあえずファミリーパックのチョコレートと新発売のお菓子を適当にカゴに入れて、その場を離れた。黒尾さんもお菓子コーナーを少し物色した後僕についてお菓子コーナーを離れる。

「あー黒尾さんは元気でしたか」
「元気だよ」
「そうでしたか」

弁当コーナーに来て、黒尾さんはこれうまそう。とかいってサンマの蒲焼き弁当をそっと崩れないようにカゴに置きながら、適当に返事をした。なんで僕がこの人に気を使わなくちゃいけないんだ。

「月島くんは飯買わないの?」
「僕はパンでいいです」
「菓子パン?全然腹溜まらねえじゃん、ビタミンだよ、野菜食えよ」

まあ、いいや。といって黒尾さんはパンコーナーへ先導する。この姿を見るといつも黒尾さんに引っ張られていた弧爪さんの気だるそうな姿を思い出した。黒尾さんは人にちょっかいを出すのが好きなんだろうな。
パンコーナーで僕は甘いパンを2個選んだ。その生クリームが入っているメロンパンとチョコチップメロンパンをカゴにポイポイっと入れると黒尾さんがうげえ。と舌を出して僕のカゴにコロッケパンを入れて来た。

「ちょっと、勝手に入れないでくださいよ」
「いや、なんていうか、本当に研磨みたいだな。やることが全部極端」

僕はすぐにコロッケパンを棚に戻して、黒尾さんに視線を向ける。「理解できないわ」と言いながら黒尾さんは僕が棚に戻したコロッケパンを自分のカゴにそっと置いた後隣にある製菓コーナーに足を運び、顎に手を置き、何か悩んでいた。

「買うんですか?僕先に会計して来ますけど」
「なんだよ、つれないなあ」

どうやら黒尾さんはチョコレートケーキとティラミスで悩んでいるようだった。僕的にはチョコレートケーキの方が好きだけど、スーパーで買うようなケーキを買うんだったら少し高いが近くのケーキ屋でパティシエが作ったおいしいケーキを食べる。黒尾さんはティラミスを底を見るように持ち上げ、僕の方に顔を向けた。

「このティラミスっておいしいの?」
「さあ、僕あんまりスーパーではケーキ買わないんで」
「へぇ、なんで」
「近くにおいしいケーキ屋あるですよ」

ふぅん。と黒尾さんはティラミスを元の位置に戻し、レジに向かって行った。僕も少し考え事をしてから黒尾さんに続いてレジに並んだ。起動しているレジが一つしかないため必然的に僕は黒尾さんの後ろに並ぶことになった。レジの男は気だるそうにレジ作業を行い、黒尾さんは財布の中にジャラジャラと小銭があるのに、会計で一万円札を出していた。僕も会計を済ませた後、黒尾さんの隣でビニール袋に商品を適当にいれる。黒尾さんは弁当をビニール袋の底にそっと置き、ソーセージとコロッケパンをその上に乗せた。さっきから思っていたがこの人意外に几帳面な部分もあるのかもしれない。

「ツッキーさあ、女心ってわかる?」
「は?」

いきなり意味のわからない質問に僕は素っ頓狂な声を出してしまった。

「いきなりなんですか、気持ち悪い」
「いや、甘いもん好きだし、女にうけそうな顔してるから」

意味わかりませんし、関係ないです。と言って僕は先にスーパーの自動ドアをくぐり、外に出た。挨拶をしてさっさとうちに帰ろう。そう思っていたら、黒尾さんがさっき言ってたケーキ屋に連れてけと肩を組んで来て言ってきた。僕はこの人のこういう強引なところが苦手だ。

「まあ、カノジョと喧嘩しちゃってなんか詫びしたいんだけど、俺普段ケーキとか買わないし」
「そうなんですか、ていうか黒尾さん彼女いるんですね」

咄嗟に皮肉は出たものの、カノジョと喧嘩というワードに少しドキリとして、癖でメガネのフレームを鼻に掛け直した。しかし、それを見た黒尾さんはなにか面白いものを見つけたように僕の顔を覗き込んでまた得意のニヤリ顔をしたので、先輩だとわかっていながらも思わず舌打ちをした。

「もしかしてツッキーも喧嘩とか?それか愛想尽かされて捨てられたとか?月島くん恋愛関係もドライそうだもんね」
「…勝手に話進めるのやめてください」

あとツッキーって呼ぶのやめてください。と言えばはいはい。と黒尾さんは適当にあしらった。聞いてないな、この人。
ただスーパーに行ってすぐ帰ってくるはずだったのに随分エネルギーを使っている気がする。そしてなぜか僕は黒尾さんの用事の為にケーキ屋まで案内することになってしまった。さっき製菓コーナーで失言してしまった自分を恨みながら、少し運ぶ足を早める。黒尾さんも特に問題なさそうにその歩くスピードについてきた。とりあえず彼女が好きそうなケーキ1つ買って誠意を見せればいいんじゃないですかと話しかければ、じゃあさっきのスーパーでティラミスを買えばよかった黒尾さんはと文句を垂れた。あんたが勝手に買わなかったんだろう。と喉元まで出かけたが、とりあえず不機嫌を丸出しにしながら無視をした。無視を続けていたらさすがの黒尾さんも飽きたらしく、大人しくなったので一安心していたら、急に顔を僕の肩辺りに近づけてきてスンスンと犬猫のように僕のにおいを嗅いできた。

「は?ちょっと、本当に怒りますよ…」
「…んーやっぱり女のにおいがする」

は?もうこの人の言動一つ一つが僕の想定外でイライラする。そんなことないです。といいながら、袖を引っ張って念のため自分でにおいを嗅いでみるけど、別にうちのにおいがするだけで特に変わったにおいではなかった。

「…ここです」
「ツッキーもカノジョに何かケーキでも買って謝れば?」
「…別に僕は喧嘩なんて」

自動ドアが開くとバターのいいにおいと共に店員さんがいらっしゃいませと頭を下げた。ショーケースの中にあるケーキはいつ見ても魅力的である。黒尾さんは特にそのショーケースを物色するわけでもなくさっさと店員さんにティラミスを1つ注文をした。
僕は照明で一粒ひとつぶが宝石のように輝いていて、名前が好きそうなラズベリーのタルトを1つ注文した。別にこれを持って帰って仲直りするつもりではない。あくまで自分が食べたいものを買っただけである。小さく組み立てられた箱を持たされてこれで黒尾さんから解放される。店員さんのありがとうございましたをバックに自動ドアが開いた。ら、前を注意していない女の人とぶつかってしまった。その女の人は手に持っていた携帯を落として、ガシャン、とケースから本体が飛び出してしていた。

「ごめんなさ、…あ、え」

その間抜けな女は案の定名前だった。外の日照のせいかまだ僕と完全に把握してるわけではなさそうだ。名前はノロノロと落ちた携帯とケースを拾い、傷を確認した後ケースにはめ直した。また名前は改めて眉間に皺を寄せながら僕のことを見た後、やっぱり蛍くんだ。と俯いたから僕からは名前の旋毛しか見えない。

「なになに」
「なんでもないですよ、用は済みましたよね?今日はありがとうございました、さよなら」

黒尾さんにクビ突っ込まれたらたまらないので僕は視線で帰れと念じたが、その視線でさらに黒尾さんはおもしろいものを見つけた子供のような顔をしながら僕たちを見比べる。そのあと、ふうん。と何か自分の中で納得したような素振りを見せると、またね、ツキシマくん。とさっきまであんなにうざいと思っていた人がスルリと僕の傍を通り過ぎて、帰って行った。なんだか気まぐれで幽霊みたいな人だなということをぼんやりと考えながら黒尾さんの背中を見ていたら、その視線に答えるように、くるりと彼は振り返った。

「カノジョは男のにおいがする、そういうのいいよねー、若いうちしかできないし」

最後の最後までめんどくさい人だ。黒尾さんの言葉に名前は、急いで自分の腕を顔に押し付けてにおいを嗅いでいた。自分自身よくわからなそうに首を傾げながら、目の前の僕の瞳を捉えると僕の顔の近くにカーディガンの袖を近づけた。

「え、あの人、わわたしのことだよね?え、くさい?わたし男くさいの?」
「うーん」

名前がいつも通りに接してきたので僕はどう対応すればいいのか反応に困った。これは仲直りしたことなのだろうか、それとも一時休戦と言うものなのだろうか。名前は自分自身のにおいの感想をまだ僕に問いている。僕の悩みすぎだったのだろうか、いやでも今朝まで名前も一緒に怒っていたじゃん。
あーもう、馬鹿な名前のことなんて理解しなくていいや。名前は僕が右手に持っていたケーキの箱を見て子供みたいにはしゃいでいる。それでもういいよ。
そのあと僕は名前がショートケーキ1つを買うのに付き合って、一緒に帰路に着いた。黒尾さんといい名前といい今日は僕のエネルギーを無駄に食われた気がする。それに比べて名前の機嫌は頗るいいようだ。まあ別にそれでいいけど

家に着くと僕は重力の赴くままにソファーに寝っ転がった。その間に名前はテーブルにラズベリータルトとショートケーキ乗せた小皿と紅茶を並べてくれる。僕たちはケーキを半分こにして、その日は一緒にソファーに座り名前が借りてきて、ずっと見たかった洋画を字幕で見た。いつの間にか字を追いつかれた名前はウトウトしてそのまま僕の膝の上で寝てしまった。あーあ、本当に馬鹿っぽい顔。その間抜けで無防備な寝顔の中心にある鼻に噛み付いて、僕はくだらない満足感を得た。


20140413
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