襟を正してみたって世界はかわらずくだらないままごとを繰り返して動き続けているよ | ナノ






「ごちそうさまでした…」

名前が明らかにおかしい。

今日の夕飯の支度は僕がした。ちなみにメニューは親子丼と味噌汁と野菜炒めである。僕より遅く帰って来た名前はリビングに顔を出すこともなくすぐにシャワーを浴び、こないだライブ行った時に買ったインディーズバンドのボーカルがデザインした変なウサギのTシャツと去年ユニクロで買ったらしいカラフルな短パンを履いて出て来た。頭にはタオルを巻いていて、テレビでも見ながら頭でも乾かすのかと思えば、そのまま隣の寝室のベッドに顔面からダイブしてゾンビのようにあーとかうーとか唸っている。
食事ができたと読んだ時には髪を乾かして、ボディークリームやら化粧水やらは塗りたくってたみたいだけど、席についてノロノロともぐもぐと親子丼を半分食べ終わったところで、席を立ちごちそうさまと告げる。

「まずかった?」
「いや、いつもながらすごく美味しいよ、でも明日食べるの」

正直親子丼なんて失敗するはずないと思ってたからレシピなんて見てないし、別に自分が食べてもなんとも思ってなかったが、名前にとっては好まない味だったかと思い問くが、特にまずくて残したわけではないらしい。名前はキッチンに向かい、ドンブリにラップをかけてそれを冷蔵庫にしまった。残りの食器類を運び、水に浸してリビングを出て行ったと思ったら、今度は歯ブラシを咥えてリビングにやって来た。

「もう歯磨きするの」
「うん」

歯ブラシを咥えながらもごもご言っているので、一旦質問するのをやめる。僕も食べ終わった食器をシンクに置き水につけた後名前が食べなかった分の野菜炒めを冷蔵庫の中で邪魔にならない程度の皿に移し変えてラップをかける。すると口をゆすいできた名前がごめんごめんと軽く謝罪を入れながら戻ってきた。スポンジを水で湿らせ、いちごのにおいのする洗剤を多めにスポンジにひっかけると、数回握っただけで泡がみるみる名前の手の中で膨らんでいく。それを見て最近の洗剤の減り具合の原因に納得した。

「なに、ダイエットしてるの?」
「え、わかる?」

そりゃ夕飯の後にプリンを3こくらい食べちゃう大飯食らいの名前が普通盛りの親子丼を半分残して且つすぐに歯磨きをして食欲を抑えようとしているところを見ればわかることだ。一緒に暮らしているんだし、むしろ僕が気づかないとでも思っていたのだろうか。
僕は名前が洗ってどんどんと積み上がっていく食器を拭いていく。今日は比較的小皿や取り分け皿などを使っていないため洗う食器の数も少なく済んだ。「やっぱ蛍くんの実家行くならちょっとは自分のこと綺麗に見せたいからさー」といいながら自分のお腹をポンと叩くいつも口だけの名前も今回はなんとなくだけどやる気を感じた。

「別に名前のことなんて誰も気にしないと思うけど」
「なんかそれはそれで悲しいっ」

正直実家に名前を連れて行くことなんかしたくないと僕は思っている。名前を自分のテリトリーに入れるということは少なからず家族も名前も僕が名前との将来を少なからず考えているということで、人に自分の思考などが勝手に読み取られることは単純にいい気はしない。その思考が正しいか正しくないかはその時よりけりだが

「でも恥ずかしいことしないようにしないと…お箸の使い方とか、歩き方とか…どうしよう!すごく楽しみ!」
「今、夜うるさい」

あ、ごめんという名前は右手で自分の口を覆い、嬉しそうに笑った。
うちには女の兄妹はいないから昔から女の子がずっと欲しいと言っていた母さんはこの頭の悪そうな名前でも喜ぶだろうし、兄ちゃんだって捻くれた自分より大きい弟よりも素直で人懐っこい犬のような名前を自分の妹のようにかまうと思う。家族は僕と比べて割と人と関わることを不得意としていない。その家族からなんで僕のような人間が育ったのかはわからない。とよく僕と家族を見比べた他人に言われるが、実際僕もあの家族とのギャップに戸惑うことがあるので周りの意見は最もなことだと思う。

「あ、翔陽も同じくらいに実家に帰るんだって!そうそう、高校の時のバレー部のみんなと会うんでしょ?」

翔ちゃんが行くならわたしも行こうかなあ。なんてワクワクしてる名前を他所に自分がその集まりの欠席メールを主催の田中さんに送ったのを思い出す。名前の会話をそうだね、と軽く流しても名前は遠足前の小学生のように来週の宮城行きを楽しみにしている。ここまで楽しみにされると誘ったこっちの脳に靄がかかる感じだ。
やっぱり誘った今でも名前を宮城の実家に連れて行くのに戸惑いがあった。まだ名前の知らない僕を知って幻滅されたらどうしようなんて弱気なことを考えているつもりはないが、心の何処か小さな火種から細い煙が立ち上り、気づくといつの間にか煙が空間に充満しているという感覚に近い。名前のことになると自分の心情の全てを管理出来なくなってしまうことがめんどくさいと思いながら、僕は名前の腹の肉をつまむと、名前は僕の手をハエをはらうような悪意の篭った手で叩いた。

「一週間ダイエットなんかしても変わらないでしょ、これ」
「摘まんどいてよく言うわ…コレだからダイエットしたことない恵まれた人間は…わたしがどれだけ蛍くんのために努力してきたか知らないでしょ」

名前はカッと目を見開いて化粧っ気のない顔を僕に向ける。むかついたからなんとなく、ブスと言えばしみじみとそうだねー、蛍くんがブス専でよかった、ほんと。などいうもんだからと悪態を付くのをやめて僕ソファに寝っ転がった。嫌みが通じない頭の弱いやつは今まで何人も見てきたが、名前の切り返し方は阿呆らしくてこちらの毒気を抜かれることが多い。

「あーやっぱり蛍くんの顔すごく好み」
「へー顔目当てなんだ、どいて、邪魔あっちいけ」
「あーん、拗ねないでよお」

甘ったるい声で言った名前は僕の頭を抱いて、額に唇を落とした。その後犬猫みたいにくりくり撫でくりまわす。名前も僕がこんなことをされて許すと思っているはずもなく、すぐに僕から離れて冷蔵庫から先ほどしまった親子丼を取り出して電子レンジの中に入れ、加熱し始める。

「ダイエットは、さっき歯磨きしてたけど」
「え、蛍くんがダイエットしなくてもきれいっていうからいいかなって」

そんなこと言ったつもりはないが、まあ単純に自分が作ったものを美味しそうに食べる名前を見て悪い気はしない。名前は大きいスプーンを使ってあっという間に半分の親子丼を平らげる。しかしこの自分に甘く、我慢の出来ない調子を見て正直将来のことを思って頭が痛くなった。

20140517
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