襟を正してみたって世界はかわらずくだらないままごとを繰り返して動き続けているよ | ナノ



※第三者目線(ヒロインほとんど出てきません)


わたしの数学個別の担当の月島先生はすごくかっこいい。背も高くて、目もぱっちりでまつげも長い。頭も良くてクールで、とにかくわたしの理想だった。だから大嫌いな数学を教えてもらうのに塾へわざわざ行くのも苦痛じゃなかったし、どんなに忙しくて遅れようともボサボサの頭のままで塾に行くことなんて考えられなかった。
先生は現在大学2年生でわたしは今年高校3年生の受験生。このくらいの年の差なら全然先生はロリコンでもなんでもないし、むしろわたしはいい感じの年の差だと思っている。今日は部活も休みで放課後塾に行くまで余裕があったからシャワーを浴びてわざわざ私服に着替えて塾にやってきた。

「コンニチハ…」
「こんにちはー!」

この塾の講師はスーツ着用が義務付けられている。もちろん先生もちゃんとスーツを着て、今日はバーバーリーの紺色と水色と緑が斜めにストライプかかっているネクタイだ。わたしは先生のネクタイの中で一番このネクタイが先生に似合っててかっこいいと思っている。今日は暑いからかジャケットを着ていなくて、半袖のシャツからは先生の白くて細い腕がスラリと伸びていた。
先生は特にやる気もなさそうに隣の机から椅子を引っ張ってきてわたしの隣に座った。

「先生のネクタイそれかわいいですよね、わたし好きです!」
「はいはい、まあもらったものですけど」
「でも結構そのネクタイ見ますし、気に入ってるんですか?」
「そんなことより、宿題やってきましたか、難しかったと思うけど」
「あー…一応」

とわたしはカバンの中からしぶしぶ数学のテキストを引っ張り出して先生に見てもらった。本当に今回の宿題は難しくて、空欄がちょこちょこ出来てしまった。先生はわたしのテキストを覗き込み、胸のポケットから赤ペンを取り出して丸や罰をテキパキとつけていく。その瞬間ふわりと香る先生のシャンプーの匂いに胸が高鳴った。なんのシャンプーの匂いだろう?今まで嗅いだことのないいい匂いがわたしの心を満たす。よくCMでやってるような安いシャンプーじゃなくて高いシャンプーとか使っているのかな?などとわたしが悶々と考えている間に先生は丸付けを終了させて、全体の出来栄えをざっくりと見直す。実際書き込んであったところも間違ったりしていて、先生に教えてもらっているにも関わらずこの出来栄えで申し訳ない気持ちでいっぱいになって悲しくなってきた。

「ここ、あってるならここも解けるんじゃないですか?」
「えー、でも…」
「ほらここは、特殊だからこの単純な公式じゃなくてちょっと応用されたこっちの公式使った方がわかりやすいと思います」
「ああ!」

なるほど!先生は前のページをめくりながらシャーペンで薄く線を弾いてくれる。わたしも忘れないように筆箱から蛍光ペンを取り出して、その公式にラインを引く。その公式に当てはめればスイスイと間違えた問題が解けて、答えを書き直せば先生がすぐに丸をくれた。

「こないだやったのに結構間違えた…」
「本当ですよ、そんなオシャレとかしてる暇あったら空欄ちゃんと埋めて来てください」
「えっ、月島先生わかりますか!?」
「わかるでしょ、いつも制服なんだから」

先生は呆れたように目を細めながらため息を吐いたがわたしの服なんて興味ないと思ってたから単純に嬉しい!このやりとりは絶対忘れない!ついでにさっき先生に教えてもらった応用の公式も覚えてやる!
世間はもう夏で自習室はクーラーが効いていて、すごくすごしやすかったがわたしの頬はポッポして暑かった。先生は今日の宿題の範囲を確認しながら前回の授業でやったページを開いて、復習から始めようとした。

「復習かあ…」
「だって宿題空欄多かったし」
「先生も難しかったと思うけどって言ったじゃないですか」
「だからフクシュウ」

復習だと淡々とわたしが問題を解くだけで先生は丸付けするだけだから憂鬱なのだ。まあ、できないわたしが悪いので文句をいいながらもわたしは数学のテキストに取り組んだ。


▽▲


「じゃー終わり」
「疲れたー」

先生にジュース奢ってくださいって言ったら、バカじゃないのってテキストで頭を叩かれる。こういうさりげない会話さえ幸せを感じるわたしは末期である。先生って彼女いるのかな…なんて事が頭を過る。友達のお姉さんに聞いたんだけど塾講師のプライベートを生徒に話すのはダメらしい。一回勇気を振り絞って先生に聞いてみても、どうかなーと煙を巻かれたのでわたしは口を噤んでしつこく聞くのをやめた。実際先生に彼女がいてもおかしくないと思うけど、その事実を目の前にしたらわたしは…どうするのだろうか。
テキストや筆箱を鞄の中に入れて帰り支度をする。先生と二人で自習室を出て、少しラウンジで先生とお話ししたいなあ。なんて下心満載でるんるんしていたら、塾長と可愛い女の人が楽しそうに話している。女の人は赤い長靴に黒い大きな傘とネイビーの花柄の傘を持っていて、しかもその雨具たちは濡れて、塾の床に小さな水たまりを作っている。新しい先生かな?なんて思っていたら、わたしたちに気づいたのか、こっちを向いて女の人は手を振ってきて口を開いた。

「あ、蛍くんおつかれさま」

けいくん?聞きなれない単語にわたしは頭の上にハテナマークを浮かべたが、すぐに隣にいる先生のことだと理解してハッと先生の顔を見た。案の定先生は眉を顰めて、塾長と話していた女の人のところに向かって行き、ポケットから出したハンカチを出して女の人の髪の水気を拭き取った。

「なんで濡れてるの、雨?」
「そうそうゲリラ豪雨だよ、傘家にあったから買い物ついでに来ちゃったー」

スーツ濡れちゃうの嫌でしょ?と笑う女の人を見てこの人月島先生の彼女だ。と確信して、なんとなく全身の力が抜けるのを感じた。なんだ、やっぱりいるよね、大学生だし、先生かっこいいし。彼女さんもすごく可愛くてお似合いのカップルだ。激しい雨が窓に当たってバチバチと音が遠くで聞こえる。

「じゃ、わたし帰りますね、先生さよなら」

なんとなくその空間に居づらくて、そそくさとわたしは塾を出た。塾の扉を開けたら彼女さんの言うとおり外は雨が地面に叩きつけるほどひどかった。こんな一二時間の授業の間で雨なんか降るなんて思ってもいないわたしは傘なんて持って来ていないのでもうびしょ濡れで家に帰るしか選択肢がない。お母さん車で迎えに来てくれないかなと、携帯を取り出したわたしの後ろにある塾の扉が開き、ひょこりと彼女さんが顔を出した。

「あなた、傘持ってる?」
「あ、持ってません…」
「あら、じゃー…」
「名前お待たせ」

続いて塾から月島先生も出てきた。先生が塾長みたいな目上の人とかわたしたち生徒以外の人と喋っているところを初めて見て、じっと先生の目を見つめてしまう。先生は外のムアっとした夏の暑さに顔を顰めて、ちらりと彼女さんの事を横目で見る。雨の湿気のせいで先生の髪がいつもよりふんわりとしていてかわいいなって自分の口角が少し上がったのを感じたけど意識してすぐに口元を抑える。てか彼女さんの名前名前さんっていうのか…しかも呼び捨て…迎えに来たってことは一緒に住んでたりするのだろうか。願わくば名前さんすごい性格ブスだったりしないかな。こんな可愛い顔してんだしそんくらい欠点があったくらいが人間として平等が取れるだろう。

「じゃあ今度の宿題ちゃんと全部埋めて来てくださいね」
「今回は大丈夫ですぅー!」
「蛍くんが先生してるの新鮮、ネクタイも意外と似合ってて安心した」
「僕に似合わないものなんてあるわけないデショ」

名前さんの言葉をあしらうようにハッ鼻で笑う先生は今までに見たことのない顔をしていた。そして、先生と名前のやり取りを見て自分の子供っぽさに嫌気がさす。所詮月島先生とわたしは先生と生徒というレッテルを貼られた気がして急に心が冷えたような感覚がした。
ばさっと先生は名前が持って来てくれた黒い傘を広げる。その傘はお父さんの傘と似てとても大きい。

「あ、そうそう、傘がないならわたしの傘使って」

彼女さんはわたしにネイビーの花柄の折りたたみ傘をわたしの手に持たせる。いきなりのことで、あ、え。と戸惑ってるわたしを見て迷惑だった?親御さんお迎えに来る?と心配そうに見る彼女さんにわたしは心臓のところにモヤモヤを抱えながら慌ててお礼を言った。その言葉を聞いて名前さんはにっこりと悪意のない顔で笑う。

「じゃあ、僕帰るから」
「ちょっと、帰る場所一緒なんだから入れてけっ!」

先生は名前さんをおいて塾の屋根の下から一歩踏み出す。名前さんがわたしに向かって傘返すのいつでもいいからまたね!と手を振ってくれたのでわたしもつられて手をふった。さっき自習室で嗅いだことのあるようなシャンプーのにおいがふわりと香る。名前さんは雨に打たれながら先生の広げた大きい傘の下に入った。先生も邪魔などと舌打ちをしながらも名前が濡れないように傘を傾けていて、右肩が少し濡れている。まるで少女漫画のような展開かって心の中でツッコミを入れても二人は気づくことなく、わたしの帰路とは逆の道を相合傘をして帰っていった。
二人を見送りながらわたしは雨の気圧と心のモヤモヤで吐き気がした。名前さんに貸していただいた傘がやけに重く感じる。性格ブスだったらいいななんて思ったわたしの方がとんだブスだ。と涙が重力に逆らえず頬を濡らす。

いいなあ。

つい溢れた言葉は地面に打ち付ける雨の音に儚くかき消された。

20140506
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