襟を正してみたって世界はかわらずくだらないままごとを繰り返して動き続けているよ | ナノ





へぷちっ、しょっ

カーペットの上に座り、ソファを背もたれにして、ストレッチをしていたら聞きなれない音が聞こえて振り向いた。そこにはソファに座ってパソコンに曲をダウンロードしている蛍くんだけしかいなかった。鼻を啜りながらこちらに目を寄越し、ごめん。と謝って再びパソコンに向き合った。え?今のくしゃみ?だよね?もう一度確認をしたくておかしなくしゃみをしないかなとストレッチするのも忘れて蛍くんを凝視していれば、怪訝そうな顔で何?って言われた。

「え、今くしゃみだよね?」
「そうだけど…」

くしゃみなんだ。と思った途端愛おしさがこみ上げて来てニヤニヤした。かわいい、蛍くんすごくかわいい。翔陽にこんなこと言ったら絶対190センチくらいの男がかわいいわけないだろが!って怒られちゃうんだろうな。翔陽も少年みたいでかわいいけど、うちの蛍くんだってかわいさで言ったら負けてない。こんなことを考えていたらまた蛍くんは へぷちんっ、しゅっ!とくしゃみをした。

「風邪?」
「いや、埃かな?花粉とか」

最近夏に向けて割と暖かい日が続いていたけど、今日は随分と寒い夜だった。ついでに雨も降っている。自分のクローゼットの中からスエットを出して、蛍くんのクローゼットの中からパーカーを借りて、重ねて着れば冷え性のわたしでも指先までポカポカだった。蛍くんも真っ黒いスエットを着ている。わたしが勝手にパーカーを借りたことに対しての文句はないようだ。
梅雨の季節だからか湿気がうざい、洗濯物も干せないし、買い物も行くのだるいから最近蛍くんがいない時のご飯はもっぱら卵かけご飯である。髪がまとまらなくてイライラするのはしょっちゅうで、時間に余裕がある時は蛍くんにスタイリングを頼んでいた。最初は、なんで僕がとかいいつつ気分がいい時はやってくれたけど、最近は調子に乗って蛍くんに上手だからこれやって、このアクセ使ってアレンジしてなど雑誌や写メなどを見せながら頼み込めば、丁寧に髪を梳かしながらわたしの要望に完璧に答えてくれた。

「…我慢しなくていいんだよ」
「…は?」
「くしゃみ」

首を傾げながら別にしてないけど、という蛍くんのくしゃみはどっかで堰き止めるようなスッキリしないくしゃみだと感じた。あんなくしゃみをしていたら鼓膜が破れちゃったり、腰が折れたりしちゃいそうで心配だ。
少し湿気で湿っているソファ反るように寄りかかって、蛍くんを見上げれば手で顔を覆いながらまた「へぷちっ、ょしゃ!」と変なくしゃみをした。

「もっとくしゃみ出し切らないと蛍くん細いんだから折れちゃいそうで心配」

といえば、蛍くんはあからさまな舌打ちをしてから、わたしは顔を青くして、先ほどの発言を後悔した。女の人にとっての細いって言葉は褒め言葉であるが男の人にとってはそうでもないらしい。まあその理屈はわからなくもないのだが、蛍くんはその細いとかヒョロいとかいう言葉にやけにイライラするのだ。実際蛍くんは一般男性よりもガリガリのヒョロい人間に入るのだが、前からそれを指摘されると不機嫌になっていた。
ある日東京にきたばかりでまだ迷っている翔陽を無事わたしとの待ち合わせた場所に送り届けてくれたのが蛍くんだった。わたしは蛍くんの細くて、洗練された外見に思わず初対面で「ほっそ!」と驚愕をした。本当に悪意がなく、羨ましいとかかっこいいとかそんな意味を含めての発言のつもりだったが当然当初もその発言を蛍くんが快く思うわけがなく「日向も呆れるほど馬鹿だけどそのお友達も馬鹿っぽいね」と嫌味っぽい笑顔を添えて言われたのを思い出した。

「別に悪い意味で言ったわけじゃないのに…」
「うるさい」
「えー…」

流石に初めての失言ではないので、反省した。何も考えずに口に出してしまうのはわたしの悪い癖だ。蛍くんにも何度か注意されたことがある。

わたしは床からソファに座り直し、蛍くんの腕にへばりついてパソコンの画面を見た。お風呂に入った後でブラジャーをしていなかったから胸を蛍くんの腕に押し付ける感じになってしまったが、今日は生憎スエットとパーカーの二段構えのせいでわたしの肉厚のない胸の感触は蛍くんの細腕には届かなそうだ。
まだ蛍くんは音楽をダウンロードしていた。今日大きめなタワレコの袋もってたし、昨日は給料日だって言ってたから奮発しちゃったのかな?ついでにダウンロードを待ちながらネットで夏にやるフェスについて調べていた。去年の夏はまだ同棲はしていなかったし、大学生の夏休みなんてバイト以外遊ぶしか予定がなかったので蛍くんに遊ぼうと声をかけたが、今フェスで都内いないとか、昨日ライブで夜遅かったからとか、明日フェスで朝早いからとか、とにかくフェスのせいで全然蛍くんと会えなかったのを思い出す。普段すごく低エネルギーで活動してるくせに、と思いながら今年もフェス尽くしかな。と夏休みを思っただけで悲しくなった。

「あっつい」
「え、ああごめ」

流石に真冬でもないのでくっつきすぎて怒られた。確かにこれは暑いので腕まくりをしようとしたが肘の辺りでごわついたのでわたしは諦め、その長袖のまま蛍くんに寄りかかった。

「そんなにいずいならパーカー脱げばいいじゃん」
「へ、いず…?なんだって?」

いずいって聞きなれない言葉にわたしは蛍くんの目を見たが、蛍くんも信じられないとでも言うように目を見開いてわたしを見ている。そんなにいずいならパーカーを脱げばという文脈から暑いって意味かな?

「いずいってなに?」
「着心地が悪いとかそんな感じだけど、言うでしょ…いずいって」
「言わないよ、方言じゃない?」

あー、袖を捲って着心地が悪そうだったからいずいかと意味を理解した。やっぱり意味を聞いても今までその単語を使ってる人は聞いたことなかったし、蛍くんは生まれも育ちも宮城県だから方言じゃないかな。蛍くんはなんか気にくわなそうな顔をしながらパソコンで新しいページを開き、Googleで【いずい】と打ってEnterキーをパチンと弾いた。検索の結果いずいって言葉はやはり方言であり、「違和感がある」「しっくりこない」「居心地が悪い」「気持ちが落ち着かない」などといった共通語に近い意味を持っていて、そのニュアンスは、共通語では完全に表現することは難しい。と記されといる。蛍くんはわたし以上にいずいという単語の語源や例文などを読み込んでから、わたしの方をちらりと見てチッとお得意の舌打ちをした。

「けーくんいずいっ!」
「は?使い方違うですけど、馬鹿じゃないの」
「蛍くんもう一回言って!いずいって!」

言わないって蛍くんはわたしをはらってしっしっと犬を遠ざけるようなジェスチャーをしたが、わたしは方言を使う蛍くんがかわいくてかわいくて仕方がなくて、払うような手を握ってそのまま先ほどのように絡みついた。そっかぁ、こんなにかっこよくておしゃれさんで渋谷を歩いていても溶け込めちゃう蛍くんも方言を使うのかあ。どう我慢しても顔が火照っているせいで表情が溶けるように歪む。蛍くんもこうなったわたしを諦めたのか腕も勝手にさせてくれた。

「夏はやっぱりフェス?」
「…去年よりは行かないと思う。割と見たいバンドの日数がまとまってるから」

そっかじゃあ蛍くんと過ごす時間もあるし旅行なんか行けちゃうかなあ、今からでも貯金しようかな。とウキウキしながら旅行のことでも考えた。新しいスーツケースも欲しいし、水着も買えなかったから買いたいな。あ、でも海に行くなんて決まったわけじゃないし、蛍くん海とか山とか嫌いそう…だったら温泉とか?夏だけどなかなか珍しくていいかもしれない。とにかく正月から一向に減らない体重も落とさなければならない。

「名前は実家帰らないの」
「あー夏は帰らないかな、もしかして蛍くん帰る?」

うちの母親は割と都内に出てくるから、しょっちゅう顔を合わせていたし、お父さんにはあってないけどなんだかんだで名字家のLINEで連絡は取っていた。夏帰っても思い通りにならない実家は少しやだし、電気代浮くのはいいけど夏は何より蛍くんと過ごしたかった。

「まあ…すこしだけ、名前が暇ならうち来る?」

蛍くんはいつもよりも聞き取りづらいボソボソとした声だったが、わたしの耳は一語一句漏らさずに単語を拾った。うちとは、今住んでいるところじゃなくて蛍くんの実家、宮城県のことだろうか。伊達政宗、牛タン、ずんだもち、宮城県の名物、観光名所がぐるぐる回ったがとにかく答えは決まっていた。

「え…行きたいです」
「なにそれ、行きたくないんなら一人でここに留守番しててよ」
「行く!絶対行く!伊達政宗見るっ!!」

夜ということも忘れて年甲斐もなくはしゃいだわたしを見て蛍くんは子供かよ、と呆れている。そんな蛍くんとは対称にわたしは蛍くんの膝の上に座り、早速Google先生で宮城県のことについて調べ始めた。

20140423
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