襟を正してみたって世界はかわらずくだらないままごとを繰り返して動き続けているよ | ナノ




家に帰ったら部屋の電気は付いているものの人気がなかった。風呂場と寝室を見ても名前はどこにもいないので鍵もかけずにちょっとコンビニにでもいってしまったのだろうか。と月島は呆れた。テーブルの上にはラップに覆われた生姜焼きとキャベツがあったのでそのまま電子レンジの600wで40秒温めた。
ご飯と味噌汁をよそって席に着いた時には生姜焼きはすでに生ぬるくなっていたが、名前がものを温める時みたいに口の中が爛れるほど熱くてすぐに食べられないのよりはずっといい。月島はそのぬるい生姜焼きとキャベツをおかずに一人ぽつんと夕食を済ませた。

わりとのんびり食べていたつもりだったが、夕食を済ませても名前は帰ってこなかった。携帯を確認しても迷惑メールが数件きているだけで特に名前からの連絡はなく、少し心配になった月島は試しに電話をかけてみたら、自分の携帯から聞こえてくる呼び出し音とは別の名前の着信音が思ったよりも近くでなった。ガラスを一枚隔てているため鮮明な音ではなかったが、閉っていたカーテンを開けてベランダを見てみれば案の定携帯の明かりで顔だけが照らされている名前が敷かれたダンボールの上で体操座りをしながらタバコを吸っていた。また何くだらないことを始めたんだろうか。普段吸わないタバコを吹かしながら名前は携帯でやれるパズルゲームをやっていた。月島もよく名前からアプリの招待特典目当てでメッセージが送られてくることはあるが、決してダウンロードをしたりはしなかった。別にゲームは嫌いではない。しかし携帯の充電はすぐになくなって連絡が取れなくなるほどの名前の日常を見ればゲームをダウンロードするメリットがあまりないように思う。ちょうど名前がゲームオーバーになったところでホームボタンで待ち受け画面に戻り、けろりとした様子でやっと月島の方に顔を向けた。

「あ、おかえりなさい」
「なんでそんなとこいるの」
「んー、タバコ吸ってるから」

ゆらゆらと火のついたタバコを見せびらかすさように揺らせば、はらりとベランダに灰が落ちた。灰皿と思われる缶には既に3、4本の吸い殻が刺さっている。ベランダも外だというのに十分に煙たいことから随分長い間から外で吸っていたのだろう。敷かれたダンボールの上にはうちの引き出しの中に眠っていたような安っぽいライターと、LUCKY STRIKEの箱が転がっている。

「随分まずそうだけど、どうかしたの」
「別に不味くないよ」

大人だからねと呟いた名前はタバコをまた口に咥えた。しかしその吸う口元がひくりと歪む。LUCKY STRIKEはクセが強いから普段から吸ってない初心者の名前からしたら苦いのだろう。吐いた煙も乱れ、名前のぎこちなさを物語っているようだった。

「見え透いた嘘はいいから、なんかあったなら言え」
「もー…ちょっとセンチメンタルなだけ…蛍くんムードなさすぎ。」

口を尖らせてふてくされる名前。僕を凝視する名前の瞳に、普段の覇気がなかった。今日学校かバイト先で何かあったのだろうか。まあ、大凡子供っぽいとか、色気がないなどと言われたのだろうか。それだけならこんなに落ち込んだりしないはずだけど、考えてもさっぱり予想がつかない。名前も特に話したくなさそうだったので、僕はその場にしゃがみこんで名前の横に転がっていた箱を拾い、一本のタバコを取り出した。

「火」
「…ん」

名前はライターを僕が加えたタバコの先に近づけて何回もカチカチと鳴らした。しかしライターはオイルが少ないのかなかなか点火せず、振ったり逆さまにしてみてもタバコに火がつくほどの火力にはならなかった。

「あーもういいや」
「ごめん、ライターもう一本あったかな」
「いや、もらう」

名前の吸っていたタバコをの先に自分の咥えていたタバコを近づける。名前も僕がやろうとした意図を汲み取ろうと、僕のタバコに自分のタバコを押し付けてきた。でもそんなに近すぎると名前の火が消えてしまうので僕が顔を引くと名前はタバコをシャボン玉を吹くみたいにふぅーと吹いた。

「シャボン玉じゃないんだからそんなことしても火はもらえないでしょ」
「え、ええ、じゃあどうすればいいの…」
「普通に吸ってて」
「吸うの?」

名前はしぶしぶ僕の言う通りにタバコに口をつけ、煙を吸った。そしたらタバコの火の勢いが強まり、近づけただけで簡単に火は点火する。飲みの席や友達の付き添いでたまに吸うくらいの僕もLUCKY STRIKEは初めて吸ったが、あまりおいしくないなかった。舌がひりひりして痛かったし鼻から抜ける煙に違和感を感じる。しかし、肺に巡るスゥーっとした感覚は他のタバコより好みだった。

「まずい」
「…まあ」
「なんでこれにしたの」
「…箱がかっこいいから?」

そんなことだろうと思った。名前は吸い殻の入った缶をいじり、首を傾げながら言う。馬鹿じゃん、と言って煙をふきつけたら、眉を顰めて、タバコの煙がしみたのか涙が滲んでいるように見えた。名前は火の点いた煙草を意味もなくと上下に揺らし、灰だけが落ちた。気づけば缶の中に突っ込まれているタバコも随分長いものが多い。

「…わたしって蛍くんのとなりにいて釣り合わなくない?」
「なにそれ、誰かに言われたわけ?」

いきなり今日はあったかいね、というような曖昧なテンションで話しかけてきた。

「蛍くんのことかっこいいって言った子。ほら、うちの大学来た時わたしの隣にいた…」
「あー…」

記憶は随分曖昧だった。その日二限が休講になって僕は一日特に予定のない休日を過ごすことになったのだが、いきなり忘れ物をしたという名前の電話で名前の大学に行くことになった。校内に入れば僕のような背の高い人間が注目されないわけがない。自分で言うのもあれだが、こういう視線は小さい頃からよく向けられる。まあ、初めてではない校内を探していたらすぐに僕を見つけた名前が駆け寄って来て、僕が持ってきた袋を渡した時にそういえば隣に名前の友達がいたような。かっこいいって言われた記憶もない。
僕にとってはそれくらい曖昧な記憶だった。あの後は名前にお礼のチョコレートを貰って、特に寄り道もせずうちに帰って昼寝をした気がする。

「ふぅん、で?」
「で、ってひどくない?わたしは結構前から悩んでるんだよー?」

確かに名前は僕と付き合うことに対して引け目を感じて勝手に落ち込んだりしている時がたまにある。他人に言われることが多いらしく、勝手に落ち込んで寝て次の日になれば大体何時もの名前に戻っているのだがそれまでのやり取りが非常にめんどくさい。

「だってこないだもそれ言ってたし」
「うーん、でもやっぱ自信ないのは事実だからな」

それらへん触れられるとすごく過敏に反応しちゃうの、と取り繕うような笑顔でへらりと笑うからイライラする。確かに名前はモデルとか芸能人みたいに歩けば振り返るような美人ではない。でも僕の中では好きなんて簡単な言葉じゃ言い表せないほどの感情がある。その感情を他人にとやかく言われる筋合いがないし、理解されたいとは思わなかった。僕もそれなりに名前と付き合う前から恋愛はして来たつもりだ。その中には好みで綺麗な顔立ちの子や家庭的でかわいい感じのふんわりした子もいたが、しかしそれらの子達は結局僕のスペックにしかならない。馴染まないし楽しくないし、絵の具を何色も混ぜたように結局は汚い濁った色となって、フられるかフるかして別れてきた。
名前と僕が釣り合わないという人達は昔の僕と同じ考えなんだろう。一緒にいる理由をお互いのメリットがあるからと勘違いしているのだろう。名前のことは一緒にいる僕だけしか知らない。この馴染む心地よさ、この子は誰かのものではなく、僕の傍にいなくちゃならない存在だと感じさせる子。そんな名前がごちゃごちゃ周りに言われたからって僕に引け目を感じるとか毎回馬鹿らしくてやってられない。

「じゃあキスする?」
「…うーん、」
「なんなの何が不満なの、僕はどうすればいいわけ」
「うーん、じゃあキスして」

とりあえず。みたいな感じで向けてきた唇を合わせたが、タバコの味がして苦かった。名前も同じく苦かったらしく、少し顔をしかめて大きなため息をわざとらしく吐く。毎回馬鹿らしいと思っても僕は名前の茶番に付き合ってあげる。名前が僕から離れて行くはずがないとわかっていても僕は名前を自分に繋ぎとめるように慰めてあげる。

「あー、タバコ買うんだったら綺麗でかわいいケーキでも買えばよかった」
「食べるの下手でぐちゃぐちゃになるくせに」
「うるさい」

さっきよりかは幾分すっきりした顔をした名前がタバコの箱を見ながら、空を仰いだ。確かにタバコ一箱分と少しで駅地下で売ってるような有名パティシエのショートケーキを買った方が有意義な時間を過ごせただろう。後悔し始めた名前が、立ち上がってほとんど吸ってないのに短くなったタバコを缶の中に入れる。
僕は改めて煙を吸ったが、やっぱりこのタバコは僕には合わないらしい。まあ、吸わないで捨てるのも勿体無いので一本だけ吸って終わりにしようとゆっくり吸っていると、急に名前が僕に抱きついてきた。しがみついてきたと言った方が当てはまるかもしれない。名前にタバコの火が当たらないように遠くに腕を伸ばし、片手を名前の背中に乗せたら、名前が磯かに僕の首元に唇を落とした。なんか、くすぐったい。

「僕は優しいからね、名前のくだらない茶番にも毎回付き合ってあげる」
「茶番ってひどいなあ」

こないだまで夜は寒かったものの、今日は半袖で外に出てもちょうどいい温度だった。くっついてる名前は虫みたいで邪魔臭いけど、タバコが短くなる数分間僕らは何も喋らずにただお互いの鼓動だけが聞こえた。

20140417
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