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錆び付いた階段は風で揺れるほどきしんでいて、人が乗るともっと大きく揺れるもんだからもうそろそろ引っ越し時かなとか考えながら今日も内心ひやひやしながら階段を踏む。
わざとヒールを鉄に響かせ家の前に立てば、家の中で小さな物音がするもんだからいじわるしたくなって当分ドアを開けず、ドアノブを握ったまま中の様子を伺うことにした。
ミンミンと家の近くの木でセミがなにかに急かされるように鳴いている声が鼓膜を振動させる。仕事で疲れたふくらはぎはパンパンになって、ヒールで立っていることで精一杯だった。化粧も汗で少し崩れて、持っている日傘もしわくちゃにたたまれている。


「ただいま‥神童」
「あ、‥お、おかえりなさい」


疲労感から意地悪するのもめんどくさくなって家に雪崩れ込むように熱くなっていたドアノブをひねって入れば、家の中で神童がちょうどちゃぶ台から腰をあげコップを持っていた。中学校の時に比べて神童の髪は伸びたが、毛先がパサパサして指通りも悪くキシキシと全体的に痛んでいた。微笑む瞳のすぐ下にはうっすらと隈が滲んでいて、少し昔を懐かしく思いながら ただいまと笑顔を顔にべたりと貼っつけた。



「神童、なに隠してるの」
「え、いや」
「見せて」



わたしが急にドアを開けた時神童がちゃぶ台の下にこないだ霧野からもらったディズニーランドのカンカンを机の柱の影に隠したのが見えた。


「カブトムシ?」
「ああ‥窓に止まってたから‥」
「捕まえてカンカンにいれたの?」


ってわたしが尋ねると神童は唇を噛み、顔を少々下げてコクンと頷いた。膝の上の握った拳はわからないくらい小さく震えている。


「かわいそうに」
「かわ、いそう?」
「暗いところでひとりぼっち、しかもこんな固い工業製品の中に閉じ込められて」
「うあ、え‥」



神童の隣からカンカンを奪えば、確かに中でカブトムシくらいのおおきさの物体が揺れて、カンカンとすれる音がする。蓋を取って、ピカピカと光るカブトムシの角を掴んで、滑りの悪い網戸を引いてそれを投げるように捨てたら、カブトムシは空中で器用にくるりと一回転をしてから薄い茶色の羽を広げ、飛んでいってしまった。



「あのカブトムシを飼ってたとしてもきっとこの夏で死んじゃうよ、虫だから言葉も通じないしカブトムシ飼ったことのない神童が飼ってたらもしかしたら明日死んじゃうかもしれない。神童には無理だよカブトムシを育てるなんて」
「そんなことな、いっ!俺だってカブトムシの、世話くらい‥」
「できない、」
「え」
「神童にはなにもできない」



カンカンを床に落ちたら安い音がした。神童の手を撫でてやるとカサカサしていてどうも人間じゃないような気がして、無意識的に自分の体温を分けてあげるように優しく撫でてやる。


「薬の時間だよ、飲まないと神童死んじゃうよ」
「いらない、イラナイいらないっ!!」


神童は泣きながらイヤイヤと駄々をこねる。あげくのはてにわたしの手に持っていたピルケースをガラス窓の方に思いっきり投げた。


「わたしは神童を助けたいだけなんだよ」
「嘘だ。殺すつもりなんだろ‥」
「そんなことないよ。わたしは神童のこと好きだもん。殺すわけないよ」



神童の目には汚いドブみたいなものしか映らないんだろう。とてもとても歪んでしまった。最初の方は嬉しそうにしてたのにだんだんだんだん歪んで 崩れて 壊れて







「神童、キスをしようか」
「いやだ‥助け て」



ほらほら薬を飲まないからそうなるんだよ。わたしは神童の呼吸を止めるようなキスをした。お互いの吐息が生暖かくわたしまで死んでしまいそうなんだから神童なんかはもう死んじゃっているかもしれない


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