【素敵な奥さん】



俺の仕事には、決まった休日がある訳じゃない。
だから、なるべくシズちゃんのシフトに合わせて、自分の休日を設定するようにしている。

そんな休日前夜。

シズちゃんは何を思ったか急に、『明日はオレが全部、家事をする!』と言った。
俺は恐怖のあまり震えた。
「オレ、臨也の奥さんだし…たまにはゆっくりしろよ」
なぜなら―――…
「ちょっと待て!何で荷物まとめてんだよ?!」
「明日世界中に槍の雨が降るから、安全な場所に避難しなきゃ!」
「どーゆー意味だ、それは」
額に青筋立てて睨むシズちゃんに、俺は引きつった笑みを浮かべた。

そのまま…言葉通りだよ、シズちゃん。

---

明日一日の主婦業を『オレが全部やる!』と宣言したら、臨也はイキナリ荷物をまとめ始めた。
おい、なんだよそれ。
睨むオレと珍しく動揺した臨也が無言で見つめあう。
暫くして、臨也が小さくゴメン、と謝った。
「いいよ、別に。俺ら共働きなんだし…。シズちゃんだって疲れてるでしょ?」
と恥ずかしそうに呟いたので…。
何だか照れくさくなって、俯いた。
素直に謝る臨也にも驚いたし、滅多に見れない表情に、一瞬何も言えなくなった。
が、『それでもやる!』って言ったら、今度は困ったような顔をした。

何だよ。
最近忙しそうだったから、少しでも楽させてやろうと思ってたのに。
素直に聞いて、何もしないで休んどけよな。

---

ともかくシズちゃんは『自分が全部やる!』と言って、一歩も引こうとしなかった。
「わかったよ」
こうなったシズちゃんは、何を言っても聞かない。
何か言おうものなら機嫌を損ねてしまう。
これ以上、機嫌悪くしたくないしね。
「明日は全部シズちゃんに任せるよ」
降参、と俺は肩を竦めた。
「おう、まかせとけ!」
と笑顔で言うものの…
俺は一抹の不安を覚えた。

大丈夫かな、ホント。

---

そして次の朝。

自然に目が覚めて、時計を見れば7時半。
休日にしては早起きの方だ。
隣で寝ていた筈の相手はもういない。
「ホントに…」
何もしなくていいって言うから、二度寝を始めようとした時、キッチンの方から破壊音が聞こえた。
何かがぶつかる音と割れる音が数回と───
「…………」
あと、シズちゃんの声。
…気になる!
オチオチ寝てられないんだけど…
てゆーか何だよ、この音…

「シズちゃん?」
邪魔しないようにと思いながら覗き込んで声を掛ければ、今にも泣きそうな…気まずそうな顔をしてシズちゃんが振り向く。
「臨也…悪ぃ!」
「?」
「手前が気に入ってたカップ、割っちまった」
「え?なんだそんな事?」
しゅんとしているシズちゃんが可愛くて、思わず笑みが浮かぶ。
ここで笑うのは、不謹慎かな?
でも可愛いから仕方が無い。
「ホントに悪ぃ」
「別に構わないから、気にしなくていいよ」
だって、カップよりシズちゃんが大事だしね。
「気にする」
ぼそっと呟いたその科白は、聞かなかった事にした。

---

「あ〜、疲れた…」
ソファに倒れるように座り込む静雄に、臨也が声をかけた。
「ご苦労様。何か飲む?」
「ああ、サンキュ」
と答えてハッとした顔になって、立ち上がる。
「あ、悪い。オレがやる」
「いいから。これくらい俺にさせて?」
「だけど…」
「だけど、じゃないの!」
言いかけた静雄の言葉を、強い口調で遮る。
「何を意地になってるか知らないけど、大概にしときなよ」
珍しく真剣な表情の臨也に、静雄が押し黙った。
「仕事で疲れてるのに、無理して体悪くしたらどうするのさ。そんな事になったら俺、旦那さん失格でしょ!」
「〜〜〜〜っ」
珍しく涙を流す静雄に、臨也は思わず身構えた。

―――…違う。
失格なのはオレの方だ。
「悪い、臨也。当たり前の事も出来ないなんて…」
怖いんだ。
このままのオレだったら…
「オレ…奥さん失格だな」
いつか壊れてしまうんじゃないか、って。
「なんで?」
俯く静雄に臨也が言う。
「シズちゃんは世界一の奥さんだと思うけど…」
「え?」
「あーあ、もう本当に俺の方が旦那さん失格だな」
頭を抱えるように抱きしめられた。
「俺の人生のテーマは、『シズちゃんに俺の側でずっと笑って貰うこと』なんだよ」
「っ?!」
「間違えないでよ。俺はシズちゃんに家事して欲しいから、結婚しようって言ったんじゃないからね」
「―――お…おう」
むしろ、家事全般に関していえば、臨也の方が上手だ。
「シズちゃんの笑顔を、俺が独り占めしたかったからだよ」
抱きしめていた手を離して、笑いながら覗き込んでくる。
「わかった?」
「あぁ」
「じゃ、明日から家事はまた、いつも通り半分ずつね」
そう言った臨也に笑えば、『良かった』と肩を落とす。
「はぁ…やっと笑ってくれた」



臨也と一緒だと、
胸のあたりがポカポカと
暖かい気持ちになる。

臨也もオレと一緒だと、
そうなんだろうか?

そうだといい。

オレだって、臨也のこと
独り占めしたい我が儘な奴なんだから。





end

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