どうしようもない人たち

「あいつ、って誰だか分かるかい?」

はっとして意識を目の前に戻す。そこにいるのは新羅で、あの男ではない。
思わず静雄の口から出た、あいつというのが誰なのか、静雄には解らない。名前も顔も出てこない。
ただ、声だけは耳に残っているようで、振り切ろうと首を振っても消えなかった。

「……知らねぇ」

シズちゃん、と呼ぶ声だけが見つかるのに、発する相手の顔も名前も、抜け落ちたみたいに見つけられなかった。
自分が病気なのか、と思って静雄が見つめれば、新羅はいつものように笑っていた。

「気になるかい?」
「なんか気持ち悪ぃな。あいつって誰だよ」
「教えてあげることもできるけど、それじゃ意味がない。答えは静雄が見つけなきゃ意味がないよ」

なんだかよく分からない。まるで靄がかかってるみたいに、曖昧な部分があることに静雄は気付いた。
きっとそこに、あの男に関する部分があるのだろう。
どうして忘れたのか、それさえも思い出せない静雄だけれど、思い出したいと思った。忘れてしまったのだから、思い出さなくてもいいような気もしたのだが。

「なあ、新羅。俺は誰かのことを忘れてんだよな?さっぱり見当がつかねぇ。思い出した方がいいのか?」
「それは静雄次第だね。僕は君たちの感情を無視して、僕の考えで以て静雄に思い出してほしいと思ってる」
「なんだそりゃ……」

新羅とは付き合いが長いけれど、こんなふうに静雄に対して干渉してくるのは、これが初めてだ。
静雄は驚いた。新羅は幼い頃よりセルティのことしか見えておらず、その他はどうでもいいのだと思っていたからだ。
だからこそ、余計に気になる。忘れてしまった、その人物のことを。

「思い出したくないと静雄が思うなら、僕はそれでいいと思ってる。でもね、あいつの思惑通りに行くのはつまらないんだ」
「はぁ?」
「ヒントは、卒業アルバム。あとは自分で見つけてみてね、静雄」

新羅は優しく笑っている。けれども、底の知れない笑い方だった。



*****



「シズちゃんに何したわけ?」

怒り顔の臨也を見て、新羅は成功したのかな、とほくそ笑んだ。
事情を知らないで首を突っ込んだのは悪いと思うけれど、説明をしない臨也も悪いと新羅は思っている。その裏に何があるのか知らないが、放っておく気もなかった。

「臨也は何がしたいのかな?」
「シズちゃんから俺を消したいんだ」
「どうして?」

静雄のことも心配だけれど、新羅はどこか臨也のことも気になった。
臨也と静雄の関係を、新羅は詳しく知らない。けれども、臨也が静雄に執着し、どこか依存しているところがあることくらいは気付いている。
その静雄を、臨也は自ら手放そうとしている。それも、傷付けるという手段ではなく。

「カウンセリングは専門外じゃなかったの?」
「これは医者じゃなくて、友人として聞いてるんだよ。臨也はどうしたいんだい?」
「……知らないよ、そんなの」

踏みこんで尋ねれば、臨也は吐き捨てるように返す。そんな一面は滅多に見られるものではなく、どうやら本音だろうと新羅は小さく笑った。
折原臨也という男は、持ち前の器用さでうまく人との関わりを持っている。恨まれはするものの、立ち回りの良さで自らが傷付くことなど滅多にない。
その臨也が、こんな言い方をするなんて新羅には意外だった。

「どうしたい?簡単に聞くよね。したいこととしなきゃいけないことが一致しないなんて、新羅にはないだろう?」

嘲笑うように臨也が言う。
それはかつて、新羅がセルティを手元に留めるために首の在処を知りつつ教えなかったり、波江に協力して美香の顔をセルティの首と同じように整形手術をしたことを言っているのだろう。
新羅はそうしたことを後悔していない。結果として、セルティの愛を得られたのだから。

「僕を例に出すのは違うよ、臨也。静雄を手放して、それで君は何を得られるんだい?」

手放して、それから先は何がある。そこに得られるものがあるのか。
新羅はそう問い掛ける。どうしてこんなにも突っ込んで尋ねてしまうのか、新羅にも分からなかった。
静雄に対しても臨也に対しても、新羅はそれこそ遠慮はしない。セルティが静雄と親友であるという理由から、無意識に静雄の肩を持ってしまうことはあるかもしれないけれど。

「静雄が自力で君を思い出したらどうするつもりなのかな?」
「自力?ないよ、それは。何度も試したんだから」
「でもさ、静雄にとって臨也がそんな軽い存在だと思えないんだ。僕にはね」

確信のようなものがある。それは新羅だけが感じていて、きっと静雄も臨也もお互いに対してそんなふうに思っているとは気付いてないだろう。
どこまでも不器用な、それでいて稚拙な二人の関係を思うと、新羅はため息が出そうだった。

「馬鹿だね、君たち。そんなに大切なら、縛り付けてでも傍に置いておけばいいのに」

そういって新羅が笑うと、臨也は彼らしくもなく眉を顰め、言葉を詰まらせた。


つづく


新羅ってナチュラルに爽やかに病んでる仕様だと思っております。


11.11.20


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