『すき』

「ねえ、好きだよって言ったら信じる?」

不意に投げ掛けられた問い掛けに、静雄は眉を寄せた。
先程までナイフを向けていた相手に、何を言い出すのだろうか。どうかしている。
そもそも静雄は、この男と世間話をするような、そんな間柄ではない。顔を合わせれば互いに不快感を隠さずにぶつけ、殺し合う仲だ。
それが当たり前になってから、もう随分と経っていることに、きっと静雄もこの男も頓着しない。二人にとっては月日などなんのもんだいにもならないの

「つまんねぇこと言わずに死ねよ」
「やだよ。俺、長生きしたい方だし」

お互い、相手のやることで傷付いたりしない。良くも悪くも、遠慮の要らない関係だ。
それなのに、この男は何を言い出すのだろうか。
真意が分からず、静雄は怪訝な顔で男を見つめた。男は、困った顔で笑っていた。

「仕方ない。好きだって思ったんだから」

初めて見る一面に、静雄は戸惑う。それが真実か虚実か、判断がつかない。
これまでの関係のこともあるし、嘘であると決め付けて殴ってもよかった。しかし静雄は、それを選ばなかった。

「新手の嫌がらせか?」
「違うよ。これは本気。っていうか、今まで気付いてなかっただけで、最初に会ったときからずっと、そうだったのかもね」

今までの二人を壊すような発言だ。これまでのことは、一体なんだったのだろう。
静雄は何も言えず、ただ男を見ていることしかできなかった。
好きという感情は、相手を傷付けるものでないと静雄は思っている。けれども、少し、ショックだった。
相手が男だからではない。この男だからこそだ。

「信じてくれるまで言い続けるよ。これでも俺、本気だから」

不適な笑みを浮かべて言うと、男は呆然とする静雄を置き去りにして立ち去った。
何がショックなのか分からない。ただ、なぜか静雄は裏切られたような気持ちになっていた。
ただ、不思議と嫌悪感はなかった。



*****



それからというもの、今までのような出会い頭に殴りかかったり、ナイフを向けられることはなくなった。妙なものだ。これまで町を騒がせていたのが、まるで嘘のようたった。
男が何を考えているのか、相変わらす静雄には分からなかったが、戯れのように触れ合うようになった。
男に流されるまま体温を分け合って、男の熱情を肌で感じる。静雄自身、温もりに飢えていたのかもしれない。

「好きだよ」

全部終わってから、決まって与えられる好意の言葉。それはまるで甘い菓子のようでいて、致死量の毒のようでもあった。
このまま与えられ続けたら自分がどうなるかだなんて、静雄は考えもしなかった。
ただただ、感受し続けた。熱い欲望も、甘い言葉も。
それでいいとさえ、静雄は思い始めていた。
男でありながら胎内に男を受け入れて、孕むわけでもないのに熱を受け取る。そこには生産性なんてない。
いずれ終わる。静雄はそう思っていた。

「どうして受け入れてくれるの?シズちゃんが抵抗すれば、簡単に振りほどけるのに」

そんな非生産的な行為が日常と化した頃、男は静雄に尋ねた。
期待しているのか、単純に不思議なのか。静雄は分からないまま、気まぐれに男に口づけた。
どうしてそうしようと思ったのか、静雄にもよく分からない。ただ、触れたいと思った。その瞬間、静雄の中で何かが弾けた。

「すきって、なんだ?」
「シズちゃん?」

好きと言われた。抱き締められた。キスをした。セックスもした。
けれども、静雄にはそれだけだった。目の前の男が好きなのか、静雄は知らない。
分からないのではない。知らないのだ。
静雄にとって、誰かを好きになることは怖いことだった。
初めて好きになった人は、その想いゆえに助けたくて。でも、結果として傷付けてしまった。
それ以降、静雄は誰かを好きだと思ったことはない。だって、また傷付けてしまうかもしれないから。

「そんなの、おれはしらない」
「どうしたのさ、今日はそんなーー」
「すき、はこわい」

一種のトラウマのようなものかもしれない。静雄は恐ろしかった。好きになることで、相手を傷つけることが。
男は静雄を好きだと言った。本気だと言う。そう言ってからは、静雄を傷付けようとしなくなった。
人間だから。人を愛しても相手を傷付けたりしないのだ。

「確かに、怖いことかもしれないね。でも俺は、それでも愛したい」
「だって、てまえはにんげんだから」
「シズちゃん?」
「おれは、ばけものだから。すきなんて、いらない」

男の表情が固まった。けれども、静雄には見えなかった。
暗い、暗い、闇の中にいるみたいに、何も見えなくなった。
それは、自分を守るために。


つづく


原因はこんな感じで。


11.11.01


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