心の表と裏

早く帰らなければ、と静雄の心は急く。それなのに、体がいうことを聞かない。
思い出してしまった。あの温もりと優しさを。もう、殺そうだなんてできない。
悔しさと悲しさが入り交じり、静雄はどうしていいか分からなくなった。シーツをぎゅ、と握り締める。
ぐるぐると考えていると、ドアが小さく音を立てる。臨也だ、と思うと静雄は慌てて目を閉じた。

「シズちゃん……まだ寝てるの?」

静かに近付いてくる臨也の気配に、静雄は目を閉じたままこのまま寝たふりをしようと決めた。
何を話せばいいか分からない。どんな顔をしたらいいか分からない。
相手は臨也なのに、思い出した今ではどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
きっとそれは、臨也の望むところではないのだろう、と、静雄は内心思って笑う。
ぎ、とベッドが音を立てる。ぐっと近くなった臨也の気配に、静雄はただただ堪えるように目を閉じていた。

「思い出しちゃだめだよ、シズちゃん」

思い出したらだめだ、と臨也は言う。その声に感情はなく、静雄には臨也が何を思ってそう言うのか分からない。
だめだよ、シズちゃん、とまた臨也が言う。何がだめなんだろう。
静雄はあの頃に戻りたいとは思わないし、戻れるとは思っていない。臨也は何を思い出すなと言うのだろうか。

「これしか傍に置いておく方法が分からないんだ」

え、と静雄は思った。今臨也は何と言ったのだろうか。
傍にいられなくなったあの日、臨也がひどく悲しそうだった、と静雄はぼんやり思い出す。
再会したときに知らないふりをしたのは、傍に寄せないためだと思った。それなのに、今、臨也は何を言った。

「俺は化け物だから、これでいい。だから、思い出さないでよ、シズちゃん」

懇願するような言葉に、静雄はぐるぐると思考を巡らせる。
臨也は吸血鬼だ。化け物。暖かい。吸血鬼。苦しい。化け物。臨也。吸血鬼。折原臨也。臨也。いざや。臨也。
最後にたどり着いたのは、この吸血鬼が臨也だということだ。他の何者でもない。

「俺の手の内は晒した。あとは、君が決めてよ」

狸寝入りが下手だね、シズちゃんは。そう言った臨也の唇が、そっと静雄の額に触れる。
びくりと震えた。静雄が目を開けようとすると、臨也が静雄の目を手で覆う。視界を遮られたけれど、静雄はそれ以上動こうとはしなかった。
どんな顔をしているのか分からないけど、臨也の手はひどく冷たかった。だから、このまま寝たふりをした方がいいのだろうと思う。

「起きないで。答えは、そのうちちゃんと聞くから」

おとなしく従う必要はどこにもないけれど、今はそうすべきだと思った。悲しそうに臨也が言うから、そうしなければいなくなってしまうような、そんな気がした。
そっと臨也の気配が離れる。ドアの閉まる音を聞いて、静雄はようやく目を開けた。

「なん、だよ……」

分からない。臨也が。静雄自身が。
どうしたら正解なのか、何をしたら正解なのか。静雄には分からない。
どうしてこうなった。
静雄は臨也が気に入らなくて、ただ殺せればよかった。それなのに、どうして。
あの手を失いたくないと思ってしまうのは、臨也の罠なのだろうか。
ベッドを殴りつけると、静雄はそのまま部屋を出た。



******



「罠にかかった獣みたいだね」

新羅を訪ねると、最初に言われたのがその言葉だった。
食えない男だ。おそらく新羅には分かっているのだろう。

「セルティ、いないのか?」
「生憎、仕事で出てるんだ。それより静雄、今の心境は?五里霧中?それとも、四面楚歌かな?」
「意味分かんねぇよ」

にこにこと新羅は笑う。昔からずっとそうだ。静雄が初めて会ったときから。

「臨也」

不意に名前を出され、静雄はびくりと震える。眉を顰めると、新羅は目を細めて笑った。
優しさを含む笑みであり、どこか底が知れない。

「何があったか僕は知らないけど、臨也はあれで臆病なんだ」
「は?」
「思い出したんだろう?昔のこと全部」

臨也と新羅はそんなに親しかったのか、と静雄は驚いた。まさか、知っているなんて。
静雄が臨也のことで知っていることは、たかがしれている。そう実感した。

「僕は表面しか知らない。だから言うよ」
「なん、だよ……」

聞いていいのか躊躇う。聞いてしまったら、きっともう静雄は引き返せない。
新羅はそんな静雄の心境を察してか、優しく笑う。今はそんなもの、慰めにもならない。

「臨也はね、ずっと静雄を愛しているんだよ」

言葉が出なかった。臨也だ。あの、折原臨也だ。
本人以外の口から言うのはよくないけど、と言って新羅が笑う。それはそうだ。
けれども、本人から直接言われたところで、静雄には信じられないだろう。だって二人は、そんな暖かい関係ではなかったのだから。

「臨也はあれで、不器用なやつだからね」
「……知るか」

知ってしまった今、どうするかを決めるのは静雄自身だ。
笑う新羅に舌打ちをすると、静雄はそのまま新羅の家を出た。


つづく


'10.11.29


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