小さな温もり、大きな存在

臨也は不思議な男だった。優しくて、暖かくて。
静雄は臨也を見上げ、小さく首を傾げる。

「どうかしたの?」
「おれ、ここにいていいのか?」

ここは臨也の家で、静雄の家ではない。それなのに、臨也は静雄の好きなようにさせた。
もう家には帰れないと思っている静雄にとって、それはありがたいことだった。けれども、同時に思うのだ。いいのか、と。

「好きなだけいればいいよ。俺は君の事情に興味はないからね」
「……ありがと」

臨也の程良い無関心さは、静雄に安心感を与えた。
そんな安心感なんて、家族以外からは得られないと思っていた。
何もかもを壊してしまう怪力。それが静雄の身に巣食う力だ。静雄はこの力故に、町では恐れられている。
それがつらくて、苦しくて、だから逃げた。ただただ走って、辿り着いたのが吸血鬼の住むと言われている古城だった。
臨也は吸血鬼なのかもしれない。けれども静雄は、不思議と恐ろしくなかった。

「臨也は、一人で住んでるのか?」
「うん、そうだよ」
「ずっとか?」
「うん、ずっと。前は家族と住んでたけどね」

臨也は笑う。それは本当の笑顔じゃなかったのかもしれない。
じっと静雄は臨也を見つめた。
赤い目だ。不思議なくらい、澄んだ紅。

「料理くらいはできるけど、シズちゃんは何が食べたい?」
「え、と……」
「好きなもの言えばいいよ」

くしゃりと臨也が静雄の頭を撫でる。体温が低いのか冷たい手だったけれど、ひどく心地よかった。誰かに頭を撫でられるなんて、随分と久しぶりだ。
臨也は心地よさを与えてくれる。本当は甘えるにはあまりにも関わりのない人だけれど。

「……オムライス」
「オムライスね。分かった」

にこりと笑う笑顔は暖かくて、頭を撫でる手は優しい。甘えてしまうのは、臨也がそうして静雄を受け入れるからだろう。
静雄はほわ、と心が温まるような感じがした。


*****


人間の子供を拾ったのは気まぐれで、深入りするつもりなんて臨也には微塵もなかった。それなのに、甘やかしてしまうのはなぜだろう。
はぐはぐとオムライスを食べる静雄を見つめ、臨也は自然と笑みを浮かべる自分に気付いた。
幼い頃から、吸血鬼として臨也はひどく異端だった。
人間を食料とはみなさず、彼らの行動を観察し、その種を愛するなんて、吸血鬼ではありえない行動だ。だから臨也は自ら一人になった。

「おいしい?」
「ありがとな!」
「どういたしまして」

この子供はどうして一人になったのだろう。
先程は興味がないと言った臨也だが、実は気になっていた。ただ、本人の口から聞かずとも臨也には情報網がある。後で調べようと思いつつ、食事を続ける静雄を見つめる。
色素の薄い目、茶色の髪。どう見ても、ただの子供だ。それなのに、どうやってこの城に辿り着いたというのだろうか。
臨也の住む古城は深い森の奥にある。途中は獰猛な動物が住んでいるし、子供が一人で来るには険しい。
捨てられたのかもしれない。昔は時々、そういうことがあった。人間の親が子供を育てられないから、と吸血鬼に差し出すのだ。
嫌なことを思い出し、臨也は小さく舌打ちをした。思い出すべきではない。あんな昔のことなんて。

「シズちゃん、ここにいたければ好きなだけいればいいんだけど、一つだけ約束してくれるかな?」
「何だ?」

きょんととして首を傾げる静雄に、臨也は優しく微笑んだ。

「夜は危険だから外に出ちゃダメだよ?」

夜は危険だ。特に、満月の日は。臨也が日頃抑えている吸血鬼としての本能が抑え切れなくなる。
人間を襲うなんて、臨也には関心がない。それでも、本能は抑えられない。
つくづく、自分の身に流れる血が嫌になる。これではただの獣と同じだ。

「分かった!」
「それ以外は好きにしてていいからね」
「あ、臨也!」

名前を呼ばれるのも、随分と久しぶりかもしれない。このところは情報屋、としか呼ばれていなかったから。
臨也は小さく笑う。不思議なくらい、嬉しかった。

「その、ありがとな!おれ、ここにいさせてくれて、助かった」

素直な子供だ、と臨也は思う。思わず撫でてしまうのは、なぜだろう。
自分とは違い、温度のある静雄の頬に触れて臨也は微笑んだ。本物の、笑顔で。


つづく


'10.11.15


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