秘めた記憶の奥

この想いに名前をつけるならば、それは愛なのか、それとも恋なのか。
いずれにせよ、世間一般で使われるような、そんな生易しいものではない。
臨也は静雄を自分のベッドに寝かしつけながら、小さくため息を吐いた。

「何で子供を拾っちゃったんだろうね……」

城の前で、ただじっと城を睨み付けていた子供。
その目は悲しそうで、臨也が声を掛けるまでじっと立っていた。
血のにじむ両手を見たとき、臨也は何とも言えない気持ちになった。強い子なのだろう、と思った。
吸血鬼の城であると分かってここに来たのか、臨也には分からない。
ただ、この子供、静雄にはどこにも行く場所はないと、それだけ分かった。
起きたらいくつか質問をしようと、そう決めると臨也はベッドから離れる。
眠ったままの姿を見ながら、人間の子供は何が好きなのか考えていた。




*******




自分のベッドに眠る静雄を見つめ、臨也は小さくため息を吐いた。
静雄のために、すべて消し去ったはずだった。もう自分に関わらないよう、臨也に関するすべてを。
それが、静雄は忘れているにも関わらず、臨也のところへまた来た。
嬉しくないわけがなかった。臨也を知る者だったら驚くかもしれないが、確かに臨也は嬉しかった。

「シズちゃん……」

あの日と同じだ。眠ったまま、ピクリとも動かない。
静雄の奥に隠した、あの頃の記憶がよみがえってしまうのではないか、と臨也は舌打ちをした。
あれは静雄のためにならない。思い出せば、壊れてしまうかもしれない。
それは臨也の望むところではない。
臨也は静雄を壊すのは自分であると決めている。彼がすべてを忘れたままであっても。
生温く受け入れて、少しずつ、奪っていこうとしていた。
それなのに、これは失敗だ。まさか静雄が、あれくらいのことで動揺するとは思わなかった。

「近付けたくないって、思ってるわけじゃないんだよ」

懺悔するように、臨也は眠る静雄に言い訳をする。
嘘を吐いたのは、臨也の弱さだ。ただ、怖かったのだ。
知られてしまえば、静雄はもうこの城へは来なくなってしまうと、そう思ったからだ。
壊したい。でも壊したくない。
臨也は静雄に対し、矛盾した想いを抱いている。

「傍に置いておきたいのに、我慢してるだけだ。俺はシズちゃんほど、強くないからね」

ん、と静雄が声を漏らす。臨也は慌てて口を閉じた。
ゆっくりと静雄の目が開き、臨也の姿を映す。あの日と、同じだ。

「い、ざや……?」

静雄が臨也を呼ぶ。確かめるように。
臨也は応えられなかった。

「あ、俺……?」

ベッドに横になっている、という状況に気付いたいのか、静雄はぼんやりと周りを見る。
何もかも、あの日と同じだった。臨也が、静雄を拾った、あの日と。

「おい、ノミ蟲?」

そう呼ばれ、臨也は目を丸くした。

「……シズちゃん?」
「何だよ?」

自分を映す静雄を見て、臨也は内心安堵した。記憶は、戻っていない。
表情を作り変える。今の静雄に対する、表情に。

「いきなり倒れるなんてびっくりしたよ。頭に血が上りすぎてるんじゃないの?」
「うるせぇ」

悪態を吐く静雄を見て、また臨也は安心する。
あの日、静雄にしたようにくしゃくしゃと静雄の頭を撫でた。

「寝てていいよ。別にこのまま殺しちゃおうとか、そんなことしないから」
「信用できねぇに決まってんだろ」
「さっきシズちゃんは寝かせててくれたし、今回は何もしないよ」

静雄が憮然としない表情になる。臨也はそれを見て、いつものように微笑んだ。
何もしないと、その言葉通り何もするつもりがなかった。否、何もできないだろう。
あの出来事が静雄にとってトラウマになるのだとしたら、それは臨也も同じだ。
忘れられない。傷というには甘く、思い出というには重い。
幼い静雄との日々は、臨也にとって甘い棘だ。
心の奥に刺さったまま、抜けない。抜くつもりがない。

「おい、臨也?」
「いいから寝てなよ。ここで死なれても迷惑だからね」

そう言って、臨也は振り向くことなく部屋を出た。
閉じた扉の先、静雄がどんな顔をしているかなんて見たくなかった。




*******




「ここ、どこだ?」

子供は臨也を見て首を傾げた。
先程自分が睨み付けていた城の中だとは、想像していないらしい。
臨也はいつも通り、嫌味のない笑みを浮かべた。

「俺の家だよ。君が倒れてたからとりあえずここに運んだんだ」
「そうなの、か……ありがとう、ございます」

ぺこり、と頭を下げる。素直なのだろう。
臨也は静雄の頬に見えた傷を見て、困ったように笑った。

「どうしてこんな森の奥まで来たの?怪我してるじゃない」
「これは……」
「言いたくないこと、かな?」

こくん、と頷く子供の頭を、臨也はくしゃくしゃと撫でた。
驚いて静雄が顔を上げる。目が合うと、臨也は笑った。

「もっと寝てていいよ。起きたら色々聞くけど」
「あ、おれ……」
「大丈夫。ここには怖いものは何もないよ」

臨也は嘘を吐いた。
怖いもの、と世間で言われる存在だったら、静雄の目の前にいる。
ただ、臨也は静雄にどうこうしようという気持ちがなかった。
小さく頷いて目を閉じる静雄を見て、臨也は自然と笑みを浮かべていた。自分でも気付かないままに。


つづく


'10.10.24


[←prev] [next→]

[back]

[top]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -