寄せては返す波のよう

静かだ。まるで、周りには何もないかのように。
静雄は目の前で眠る臨也を見て、ひどく不思議な気持ちになった。
自分を殺そうとしている人間の前で、よくも平気で眠れるものだ。
静雄は、卑怯なことは嫌いだ。だから寝込みを襲う気は毛頭ない。
もしかしたら、臨也はそんな静雄に気づいているのかもしれなかった。
おかしな話なのだが、臨也は時々、懐かしむような目で静雄を見つめる。
静雄が知らないだけで、臨也は静雄を知っているのかもしれない。

「何なんだろうな、手前は」

静雄は時々、臨也に対して殺意以外の感情がわくことがある。
それがどんな感情なのか、静雄自身よく分からない。
そもそも、臨也を殺したい、と思う気持ちさえ、静雄には分からないのだ。
吸血鬼ハンターとなったのは、単に力を持て余していただけだし、特別恨みはない。

「ん、シズちゃん……?」

身じろぎ、臨也が目を覚ます。静雄はただじっと臨也を見つめた。
自分でもよく分からないのだが、何か大切なことを忘れているような気がした。

「どうかした?」
「……前に、どっかで会ったことあるか?」

静雄の問い掛けに臨也が息を飲んだ。
臨也にしては珍しく、表情が固まる。

「何で、そう思ったの?」
「なんとなくだ。よく分かんねぇけど、そんな気がした」
「そう……シズちゃんらしいなぁ」

臨也が眉を下げて笑うから、静雄はそれ以上言葉が出てこなかった。
優しい笑顔だと、そう思った。相手は吸血鬼なのに、優しい、と。

「でもさ、勘違いなんじゃない?たまたまどこかで見掛けただけ、とかさ」
「……そうかもな」

否定された。
静雄は眉を顰め、乱暴に立ち上がった。

「シズちゃん?」

そんな静雄を臨也が不思議そうな顔で見る。思わず、静雄は舌打ちをした。
腹立たしくて、無性に苛ついた。
臨也の横っ面でも殴ってやろうと静雄は思ったが、どうせ避けられて益々怒りが募るだけだ。止めた。

「……帰る」

おかしな話だ。殺しに来たというのに、ケーキでつられ、挙げ句機嫌を損ねて帰るだなんて。
それでも、静雄はこれ以上臨也と一緒にいたくなかった。
臨也は勝手に近付いてくるくせに、静雄が近付くことを許さない。
知りたいと思ってしまうだなんて、馬鹿馬鹿しい。
そんな苛立ちを、静雄は口にしたくなかった。

「シズちゃん、またね」
「……もう来ねぇ!」

吐き捨てるようにそう言うと、静雄は振り向きもせずにその場を後にした。
殺したいとは思うけど、会うたびに飼い慣らされていくような、そんな予感が怖かったのかもしれない。
臨也は何を考えているのか分からないのだ。
近付きたいと思うなんて、どうかしている。

「シズちゃん!」

臨也が静雄を呼ぶ。
しかし、静雄は立ち止まらなかった。
古臭い扉を開くと、外の空気が内部に流れ込んでくる。
何だか、懐かしい。そんな気がした。
静雄がそう感じた瞬間、頭の中に覚えのない映像が浮かぶ。

「なんだ、これ……」

幼い静雄。覚えのある古城。赤い血。血の付いた石。銀色に煌めくナイフ。赤い血。紅い目。闇。
ぐるぐると静雄の頭を巡り、ぷつん、と糸が切れたように、静雄はその場に倒れ込んだ。

「シズちゃん!」

焦ったような臨也の声が、沈んでいく静雄の耳に入った。
しかし、返事をする間もなく、静雄の意識は途絶えた。

「シズちゃん!シズちゃんってば!」

倒れた静雄を抱き寄せ、臨也はぞっとした。冷たい。
血の気が引き、静雄は青白い顔色になっていた。

「何なんだよ!」

苛立ちに、臨也はらしくもなく声を荒げた。
静雄は、静雄だけは壊れたりしない、壊せないと思っていたのに。
これは一体何なんだろうか。
静雄は目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
揺さぶってみても、反応を全く示さないのだ。

「嫌だ、そんなの認めないよ。君は俺が殺すんだって決めてるし、俺を置いていくことだって許さない。何で君は、そうやって俺の計画を潰すのかなぁ……ねえ、シズちゃん」

静雄が臨也の想定内で動いたことなんて、一度もない。
そんなことくらい臨也も知っていたけれど、この状況はあまりにも想定外の出来事だった。

「シズちゃん……」

静雄を呼ぶ臨也の声が、吹き抜けになっているホールに響いた。


つづく


'10.10.01


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