不透明な存在
今日も今日とて静雄は臨也の居城を訪ねた。
遊びに来たわけではない。殺しに来ている。
「やあシズちゃん、いらっしゃい」
それなのに、臨也はにこやかに笑って静雄を迎え入れる。
まるで、友人が訪ねてきているときのようなテンションだ。静雄には意味が分からない。
殺すぞ、と殴りかかろうとも、普段は使わない対吸血鬼用の銃を突きつけても、臨也はにっこり笑って受け流すのだ。
「遊びに来てるわけじゃねぇんだよ!今すぐ死ね!」
「まあ、そう焦ることないじゃない。今日はケーキ作ったんだ。好きでしょ?甘いもの」
「手前が作ったのかよ?」
「気まぐれにね。シズちゃんが食べてくれないなら捨てるしかないなぁ」
静雄は甘いものが好きだ。たとえそれが嫌いで死んでほしくて堪らない相手が作ったものだとしても、甘いものに罪はない。
「甘いもんに罪はねぇ!変なもん入ってたらぶっ殺すからな!」
「入ってなくても殺したくて堪らないくせにね」
くすくすと臨也が笑う。
静雄は舌打ちをすると、促されるまま城の中へと入った。内部に入るのは初めてだった。
思わずきょろきょろと辺りを見回してしまう。
天井は高く、今では古めかしい造りの城だが、手入れは行き届いているらしい。
埃っぽいことはないし、ちょっとの地震では崩れたりしそうにもない。
「こっちだよ、シズちゃん。迷子にならないでね」
「なるわけねぇだろ」
「はいはい」
静雄には分からない。どうして臨也が自分を迎え入れるのか。
普通の吸血鬼なら、逃げるか応戦してくるはずだ。
それなのに、臨也はおかしい。
「紅茶でも入れようか。コーヒーもあるけど」
「……何でもいい」
ぶすっとした顔で静雄が席に着くと、臨也は妙に機嫌の好さそうな顔でキッチンへと引っ込む。
どうしていいのか分からなくなり、静雄はゆったりと背もたれに体を預けた。
どうかしている。ここは吸血鬼の根城なのに。
「シズちゃん、はいこれ」
「あ?」
「俺特製ケーキ。言っておくけど、変なものは入ってないからね」
にこりと笑うと、臨也は静雄の前にケーキを出した。
真っ白な生クリームに、赤くてみずみずしい苺が乗っている。
思わず、静雄はぴくりと反応した。
「入れてたら殺す」
乱暴にフォークを取ると、静雄は一口、ケーキを切って食べた。
甘い。それでいて、しつこくない。
ぱっと顔を上げると、臨也はくすくすと笑っていた。
「何だよ?」
「いや、口に合ったみたいだね」
「手前が作った、ってのが不服だけどな」
この吸血鬼は実によく分からない。静雄はため息を吐いた。
ケーキはうまい。そこらで売っているものよりもずっと。
ただ、それを作ったのが臨也であるということが不服だった。
吸血鬼のくせに、なんでこんなことまでできるのか、と考えて、新羅の言葉を思い出す。
「そういや、手前新羅の知り合いなんだよな」
「ああ、まあね。それなりによくしてもらってるしね」
「ふーん……」
新羅は言っていた。臨也は人間社会にもしっかり順応している、と。
確かに納得できる。一見、人間としか思えない。
協会でも臨也には手を出すな、とお触れが出ている。
しかし静雄は、それが気に入らなかった。
「シズちゃんは単に俺が気に入らないんだろ?協会の連中が俺には絶対手出しをしないから」
「分かってんじゃねぇか」
「あー、所謂本能ってやつか。さすがだね、シズちゃん」
臨也はからかうようにでもなく、なぜか懐かしむように笑う。
何でそんな顔をするのか、静雄にはやっぱり分からない。
ただ、殺したいと強く思う気持ちは変わらなくて、でもこの何でもない空気が嫌いじゃないと思ってしまう。
「ケーキ一つで絆されてくれたらいいんだけどね」
「あ゙ぁ?」
臨也の表情が変わる。
「今日はちょっと疲れてるんだ。殺しに来るのはまた明日にしてもらえる?」
「調子良いこと言ってんじゃねぇよ!」
嫌味な笑みを浮かべて言うと、臨也は向かいの椅子に座る。
静雄はまさか、こんなふうに正面を向かい合うとは思わなかった。目を丸くして臨也を見る。
「何だよ?」
「今日はさ、本当にちょっと疲れたんだ」
ふう、とため息を吐く臨也に、静雄は眉を顰めた。
そのまま臨也がテーブルに突っ伏すものだから、ますます眉間のしわは深くなる。
よく分からない。けれども、寝首をかこうとは思わなかった。
つづく
'10.09.26
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