行き違う想いたち

「気に入らねぇ!」

開口一番、静雄は苛立ちを露わにしてテーブルを叩いた。
ガチャン、という音とともに置かれたカップが倒れる。
それをにこにこと見つめたまま、新羅は倒れたカップを戻し、苦言一つもらすことなく布巾で拭く。

「臨也に会いに行ってきたんだって?やめといた方がいいよって言っただろ」
「何であいつはのうのうと生きてやがんだよ!」
「うーん……そういうの、うまいやつだからね。絶対に静雄とは合わないだろうと思ったけど、やっぱり合わなかったみたいだね」
「合うわけがねぇ!絶対に殺してやる!」

だろうね、そう言って新羅はため息を吐いた。
臨也にとっても静雄にとっても、新羅は友人である。
だからこそ、二人が出会えば殺し合いになるだろうことは予想できていた。
まるで合わないのだ、臨也と静雄は。お互いがお互いを苦手とするタイプなのだから、無理もないだろう。

「あいつ、臨也はそこらへんがうまいから気をつけなよ」
「あ゙ぁ?」

新羅の言葉に静雄は眉を顰める。

「臨也は人間社会にもしっかり順応してるし、それなりに権力を持つ純血種の吸血鬼だよ。しかも、静雄の一番嫌いなタイプだ」
「だから何だってんだよ?」
「気をつけなね」

困ったように新羅は笑った。めずらしい。
静雄はため息を吐くと、背もたれに体を預ける。
少々頭に血が上りすぎている。それもこれも、全て臨也のせいだ。

「……邪魔したな」
「僕は忠告したからね」
「ああ」

勢いをつけて立ち上がる。静雄は新羅に手を振ると、そのままさっさと新羅の家を後にした。
新羅に話したところで、気分は収まらない。
あの笑顔、あの声。臨也の全てが静雄を苛つかせた。
それがなぜなのか、静雄には分からない。ただ、新羅の言うように合わないのだろう。
ため息を吐くと、静雄は自宅へと向かった。



*****



「へぇ……そんなこと言ってたんだ?」

静雄が去ってからぴったり十分後、先程まで静雄が座っていたソファーに臨也が座っている。
その表情は静雄とは違い、機嫌良さそうな顔だった。

「言っておくけど、君に静雄は無理だよ、臨也」
「そんなの、どうか分からないじゃない」
「君……静雄に何をする気さ」

新羅の問いに、臨也はにこりと笑うだけで答えない。
静雄に何をする気かなんて、わざわざ新羅に教えるつもりがなかった。
あれはずっと昔から、臨也の“お気に入り”なのだ。

「シズちゃんは苦手だよ」
「だろうね。静雄は君とは正反対のタイプだ」
「だからこそ興味深いとも思うよ」

臨也が笑うと、新羅は呆れたような顔をした。
きっと静雄にとってろくなことにはならないだろう、と新羅は思う。

「一応聞いておくよ。静雄に何する気なんだい?」
「別に、何も?新羅こそ、随分シズちゃんのことは気にするんだね」
「静雄は僕の大切な人の親友なんだ。何かあったら彼女が悲しむ」
「ああ、なるほど。そうだね、君の大切な人を悲しませないように、気をつけるよ」
「臨也――」

今にも鼻歌でも歌い出しそうなくらい、臨也の機嫌は良かった。
新羅はこれまで、こんなふうに機嫌良さそうに笑う臨也を見たことがない。
ターゲットとなってしまった静雄を哀れに思いながらも、新羅はそれ以上何も言わなかった。

「あのね、新羅。俺は別にシズちゃんを壊したいわけじゃないよ」
「え?違いのかい?」

予想だにしない臨也の言葉に、新羅は目を丸くした。
てっきり新羅は、これまで臨也が自分の趣味のために人を使って遊んでいたように、静雄のことも壊そうとしようとしているのだろうと思っていた。
じっと見つめると、臨也はめずらしくまじめな顔で新羅を見た。

「シズちゃんはきっと、何をしても壊れないよ。あれはそういう子だからね。だからこそ、苦手なんだ」
「まるでずっと前から知っているみたいだね」
「知ってるよ、シズちゃんのことは。ずっと昔から、ね」

臨也が意味深に笑うのを見て、新羅はふ、と息を吐く。
きっと臨也には何を言っても無駄だろう。新羅はそれを知っている。

「君の趣味に口を出すつもりはないけど、分かっててちょっかい出すんだから、よっぽどなんだね」
「そうだね。シズちゃんに関しては、そうかもしれない」

臨也はそう言って笑う。その笑顔は、いつもの含みのある笑みではなかった。


つづく


'10.09.21


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