繋がる糸

吸血鬼は森の奥にひっそり住む。それが昔の常識だった。
人は町、吸血鬼は森に住み、人は時折食事にやってくる吸血鬼を忌み嫌い、恐れていた。
それが変わったのは、いつの頃だったのだろうか。誰も知らない。誰も知ろうとしない。
吸血鬼は人の血を吸う。故意的に仲間を増やすためであったり、緊急時の食事であったり、状況は様々だが、人にとって吸血鬼が忌むべき存在であることは変わらないのだ。


***


場違いなバーテン服を纏った青年が、深い森の奥にある古城の前に立つ。
彼の名は平和島静雄。吸血鬼ハンターである。
そんな静雄が睨みつけるのは、純血種の吸血鬼が住むと言われている城だった。

「……ここか」

静雄が乗り込むべく足を踏み出す。
するとタイミングよく、ギィ、と音を立てて城の扉が開いた。顔を見せたのは、一人の女だった。

「どなた?」
「ハンターだ。オリハライザヤを出せ」
「ああ、あいつを殺りにきたのね。生憎だけど今留守なのよ」

めんどくさいと、そう顔にはっきり書いてある。
相手が吸血鬼ハンターであるにも関わらず、平然と言ってのける波江に静雄は眉を顰めた。

「嘘じゃねぇだろうな?」
「嘘吐いてどうするのよ。中で待つの?それとも出直す?」

殺しにきた、と分かっているはずなのに、どうしてこんなにも余裕なのか。
静雄の見てきた吸血鬼は、ハンターが来たと分かればすぐに攻撃してきたというのに。
静雄が疑問を浮かべていると、波江は一瞬、眉を顰める。視線は静雄の後ろを向いている。

「面倒だから私を巻き込まないで頂戴ね」
「ああ、ハンターか。妙な格好をしてるから、一体どんなお客さんかと思ったよ」

気配はなかった。
静雄が振り向くと、そこには黒いコートを纏った黒髪の男が立っていた。

「オリハライザヤ、か?」
「そうだよ。ハジメマシテ、平和島静雄君?」

にこりと笑うその笑みは、穏やかで嫌みのない顔に見える。
しかし静雄は、直感的に胡散臭いと感じた。
理由は分からない。ただ、嫌な笑い方だと思ったのだ。

「手前を始末しに来た」
「ハンターは悪さをする吸血鬼を狩るんじゃなかったの?俺は善良な一般吸血鬼で、恨まれたりする覚えはないんだけどなぁ」
「何でかうちのやつらは手前に手出ししねぇみたいだけどな、気に入らねぇんだよ!」

静雄がそう言って殴りかかると、臨也は一歩下がって避ける。完全に動きが読まれている。

「君は……」
「死ねっ!」

静雄の振り下ろした拳が臨也の肩を掠る。
それだけだというのに、臨也の肩はじくじくと痛みを訴え始めた。久しぶりだった。

「なるほど……面白い。これなら正当防衛だ。おとなしく殺されるつもりなんてないよ」

臨也がどこからかナイフを取り出す。そして、にやりと笑みを浮かべた。

「おとなしく死ね!」
「嫌だね。俺は長生きしたいんだ」

殴ってやろうと手を伸ばすけど掴めない。
静雄は苛立ちながら逃げる臨也を追い掛けた。

「逃げんじゃねぇよ!」
「そりゃ、逃げるさ。死にたくないからね」

臨也は笑いながら、ひょいひょいと身軽に避ける。
静雄が今までであったどの吸血鬼よりも、臨也は底が知れない。

「待ちやがれ!オリハライザヤ!」

静雄がそう言うと、臨也はぴたりと足を止めてため息を吐いた。
静雄も一度動きを止める。

「ああ、うん。君ってそういう人なんだよね」
「はぁ?」

臨也は困ったように笑っていた。その表情は、何かを懐かしんでいるように見える。
静雄の心がひどく揺さ振られた。
なぜだか分からないけれど、動揺してしまう。

「まったく……本当に君って興味深いよね。悪いけど、俺は殺される気なんてないから。ああ、でも、いつでも殺しにおいでよ。ね、シズちゃん?」

にこりと笑む臨也の顔は、作り物の表情なのかそうでないのか、静雄には区別がつかなかった。
ただ、殴らないと気が済まないくらい、心がかき乱されていた。


つづく


'10.09.14


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