泡沫の夢

抱き締めたらきっと、静雄は暖かいのだろう。人間だから。
臨也とは違う。暖かな体温と、限りのある命。
昔、考えたことがあった。どうして人間は暖かいのか、と。それはきっと、命を燃焼して生きているからなのかもしれない。そう思ったら、人間を愛しく思うようになり、“食事”をとらなくなった。

「……何を考えているの?」
「めずらしいね、波江さんがそんなふうに尋ねるなんてさ」
「聞いた私が馬鹿だったわ」

呆れたように息を吐く波江を見て、臨也は口元を緩めた。
めずらしいこともあるものだ。波江は長いこと臨也に雇われているものの、臨也に興味が欠片もない。今まで一度だって何を考えているのか、なんて聞かれなかった。

「シズちゃんのことだよ」
「は?」
「俺は人間じゃないからよく分からないけど、きっとシズちゃんは暖かいんだろうね。何しろ、人間だ。化け物と罵られようが、シズちゃんは人間だから」

考えていたことを口にすると、波江は驚いたように目を丸くした。
臨也が話したことに驚いたのか、それともその内容に驚いたのか、臨也には分からない。ただ、その顔は初めて見るもので、おもしろくなって笑った。
波江は吸血鬼だ。だが、半分は人の血が流れている。幼い頃から人と吸血鬼、双方から忌み嫌われていた。それ故に臨也の手を借りることになったのだが。
臨也から見れば、波江もまた人間だ。波江は特に人に近いのかもしれない。彼女には愛する者がいる。大切な人のために自己を犠牲にするなど、人間のすることだ。

「よほどお気に入りなのね」
「まあね。昔からずっと、シズちゃんは特別だ」

特別。色々な意味で。
思い切り傷つけてやりたくもなるし、何もかもから守るように甘やかしたくもなる。臨也にとって静雄は、特別な存在だった。
静雄だけが臨也の心を揺れ動かす。
静雄だけが臨也に血を欲させる。
人間で言えば、臨也は静雄に恋しているのだろう。ただ、その愛し方はひどく歪んでいるけれど。

「可哀相にね」
「シズちゃんがかい?」
「貴方もよ」

波江はそれだけ言うとさっさと部屋を出ていった。明日から彼女は休暇だ。おそらく、何よりも大切で愛してやまない弟の元へ行くのだろう。

「愛、ね」

臨也は自分が静雄に向けている感情が愛だと思っている。誰よりも、何よりも、傷つけて、そして抱き締めたい。
人間を愛してやまない臨也だけれど、静雄だけは唯一、思い通りにならない大切な人だ。手放す気など毛頭ないくせに、答えから逃げ、静雄に任せた。
静雄の顔を頭に思い描き、臨也は口元を歪めて笑った。



*******



いつの間にか眠ってしまっていたらしい。臨也は薄暗い中で目を覚ました。
日頃夢なんて見ないのに、何か懐かしい夢を見たような気がする。起きた瞬間、消えてしまったのだけれど。

「……起きたかよ」

人の気配を察した瞬間、声が聞こえる。静雄の声が。
顔を静雄の方に向けると、臨也はに、と笑った。おそらく、この暗さのせいで静雄から臨也の表情は見えないだろうけど、静雄の表情が歪んだ。

「灯りつけなくていいの?」
「いらねぇよ」
「そう」

いつもと空気が違う。臨也はそう感じた。
訝しく思いながらソファーから立ち上がり、静雄の傍まで足を進める。

「シズちゃん?」

びくり、と静雄の肩が揺れる。一体どうしたのだというのだろう。こんな静雄は、幼い頃に見た以来だ。そう、静雄が幼い頃に。
そうして、臨也はなるほど、と息を吐いた。

「思い出しちゃったんだ?だめだって言ったのになぁ」
「手前……何がしたいんだよ」
「さあ、自分でもよく分からない」

揶揄するわけでなく、臨也は言う。そう、分からないのだ。
臨也は静雄が欲しいと思っている。けれども、手に入ってほしくないとも思っている。
ひどい矛盾だ。傷つけるのも甘やかすのも自分一人であってほしいと思いながら、傍にいられない気がした。

「何で俺を助けた?」

静雄の目が臨也をまっすぐ見つめる。本当に、もう全てを思い出しているらしい。
できれば、忘れたままでいてほしかった。そうして、また新しく関係を築いていくつもりだった。

「本当、シズちゃんは思い通りにならないよねぇ」
「あ゙ぁ?」

いつだって、静雄だけが臨也の予想を覆す。

「助けたいと思ったからだよ」
「意味分かんねぇ。手前は吸血鬼だろうが。なのに、何であのとき……」
「シズちゃん、俺はね――」
「あのときっ……何で俺の血を吸わなかったんだよ!」

泣き出しそうに、怒鳴るように。叫ぶ静雄の声が臨也の耳に響く。
なるほど、そうきたか。
静雄の疑問はもっともだ。あのとき、臨也はたくさんの血を流したけれど、静雄の血を欲したりしなかった。吸血鬼らしくない行動だ。

「だってさ、シズちゃん。俺が血を吸ってたら、君は死んでたよ。そんなのは、俺の望むところじゃない」

そう言って臨也が笑う。静雄が息をのむ気配を感じて、臨也は嬉しそうに、悲しそうに、表情を歪ませた。


つづく


'11.02.01


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