世界の変わる音がした
このところ、静雄が度々現れるせいか、津軽はどんどん静雄の口調と似てくる。
たどたどしい喋り方をしていた津軽だったが、今ではすっかりスムーズに会話できるようになっていた。
「サイケ、子静がシズちゃんに会いたいって言ってるんだけど、いつ頃くるか聞いてるか?」
「うーん……特別何も聞いてないなぁ」
「そうか……」
残念そうに言う津軽に、サイケは思わず苦笑した。
子静もそうなのだが、津軽もずっと静雄に会いたがっている。
マスターである臨也とは違った感情で、津軽と子静は静雄に好意を寄せているのだ。まるで、母を慕うかのようだ。
サイケはそんな津軽と子静を眺めては、微笑ましい気持ちになる。
「津軽も会いたいんでしょ?」
「会いたい、と思う」
「後でマスターに聞いてみればいいよ。ね?」
「そうだな」
にこりと津軽が笑う。そんな笑顔がサイケは好きだった。
しかし、どうにも落ち着かない気持ちになるのは、なぜだろう。
最近のサイケはおかしいのだ。
津軽の笑顔を見ていると、妙な気持ちになる。もやもやとして、落ち着かない。
今度臨也にでも聞いてみようと思いつつ、サイケはずっと、臨也にも尋ねずに考えていた。
「サイケ?」
津軽が首を傾げる。不思議そうな顔でサイケを見つめた。
そういうとき、決まってサイケの鼓動は高鳴る。
臨也に作られたプログラムでありながら、サイケは津軽に恋しているのだ。
「津軽……俺、さ……」
前は好きと簡単に言えた。しかし、今は言えない。
サイケはじっと津軽を見つめる。
言葉では説明できない感情が、確かにここにあった。
「どうした?」
「俺、俺は……」
「さいけ、つがる!シズちゃんきた!」
告げてしまおうというサイケの勇気など気付くはずもなく、子静が津軽の着物を引っ張る。
嬉しそうに頬を上気させ、ぴょんぴょんと跳ねるその姿は、可愛らしい。
津軽が一度子静を見ると、困ったようにまたサイケを見る。
「後でいいよ。シズちゃんのところ行こうか」
「サイケ、いいのか?」
「うん、急いでるわけじゃないし」
サイケが笑うと、津軽はこくりと頷いた。そして、子静に手を引かれるまま、フォルダの外へと出ていく。
そんな二人を見送ると、サイケははぁ、とため息を吐いた。
助かったような、惜しかったような。気分は複雑だ。
「俺は津軽に何言うつもりだったんだろ……」
好きという感情を、津軽は理解しているのだろうか。サイケは知らない。
きっとサイケが好きだと伝えれば、津軽も好きだと返してくれるだろう。
しかし、きっと津軽は知らないのだ。
サイケが津軽に触れて、口づけたいと思っているなんて。
臨也と静雄のキスを見てからというもの、サイケはずっと津軽にそうしたいと思っている。
「不純だなぁ」
もう一度ため息を吐くと、サイケは静雄に会うためにフォルダから出た。
*****
「やあシズちゃん、いらっしゃい」
「ああ、お前はもいたのか」
サイケが挨拶すると、静雄はサイケを見る。
相変わらず、津軽とよく似ている。
そんなことを思いながら、サイケはにこりと笑みを浮かべた。
「津軽が心配してたんだぞ。お前の様子が変だ、ってな」
「津軽が?」
静雄の言葉に、サイケは津軽を見た。
津軽はちら、とサイケを見る。心配そうな顔をしていた。
「大丈夫だよ、津軽」
「お前は、いつもそればかりだな……」
サイケが安心させるように言うと、津軽は拗ねたような、怒ったような顔になる。
なら、他になんて言えばいいのか。サイケは困った。
こういうとき、何て言えばいいのかサイケには分からないのだ。
「津軽?」
「絶対に俺には言ってくれない。マスターには言うくせに」
「さいけ、ないしょ、だめだよ?」
そんなふうに思っていたのか、とサイケは目を丸くした。
確かに、何かあったとしてもサイケは津軽や子静には言わない。
具体的な年齢は特別決まっていないものの、サイケは三人の中で一番年上な気持ちでいる。
不安にさせたくないという気持ちがあるからこそ、二人には何も言わないのだ。
「どうしてお前はいつも……肝心なことは言ってくれないんだよ」
「だって、俺は――」
「どうせ俺には分からないって思ってるんだろ!」
サイケがはっとして津軽を見ると、泣き出しそうに表情を歪めていた。
こんな津軽は初めてだ。サイケはどうしていいのか分からなくなった。
「お前はいっつも誤魔化してばかりだ。何で、何でっ!俺が居るのに……」
「ち、違うよ津軽!」
「何が違うんだよ!」
感情のままに津軽が叫ぶ。
サイケは妙な感動を覚えていた。
津軽はいつだって控え目に笑うときと、無表情なときばかりだったのだ。
体が勝手に動く。サイケの手が、津軽を捕まえた。
「好きなんだ!」
気付いたら、サイケはそう告げていた。
「サイ、ケ……?」
「好きだ、好きなんだよ!俺は津軽が好きで、それで……」
ぐ、と津軽に手を引かれた。
「津軽?」
サイケが顔を上げると、間近に津軽の顔があった。
ちゅ、と音を立てて唇が触れ合った。
「つ、津軽!」
「俺だって好きだ、お前のこと……」
顔を赤くして俯く津軽が可愛くて、サイケは赤い顔で津軽を見つめることしかできなかった。
嬉しそうに笑う子静の声と、困ったように笑う静雄の声は、今のサイケには届かない。
ただ津軽のことしか目に入らなくて、津軽のことばかり見つめていた。
おわり
'10.09.23 七草
[←prev] [next→]
[back]
[top]