魔法の言葉

津軽は唄う。綺麗な声で。
サイケはそれを傍らで聞きながら、なんとか技術を盗もうと聞き入る子静の頭を撫でた。
子静はまだ会話もたどたどしく、歌も音やリズムを外してしまうことがある。
会話はサイケが、歌は津軽が教えるのが日課のようになっている。
うんうん、と頷きながら津軽の歌を聞く子静は、見ているサイケが微笑んでしまうくらい可愛い。
津軽の歌声が聞こえなくなる。

「今日はもうおしまい?」

こくりと津軽が頷いた。
ちら、とモニターの向こうを見れば、疲れた様子のマスターの顔が見える。

「お疲れ様、マスター」
「随分疲れてるみたいだね。どうかしたの?」

サイケが尋ねると、臨也はじとっとサイケを見つめる。
何でだろう、とサイケは首を傾げた。
基本的にマスターである臨也は、ちょっとひねくれたところがあるけれど優しい。
いつもにこにこ笑っているし、サイケはそんな臨也ばかり見ている。

「ますたー、びょうき?」
「あー、いや……違うんだよ、子静」
「じゃあ、寝不足?」
「それも違うね」

臨也は子静と津軽の言葉に困ったような笑いを浮かべて答える。
その理由を、サイケは考えていた。
津軽や子静はきっと気付かないだろう。
今日の臨也は、ちょっと元気がないように見えた。

「ほら、そろそろ電源落とすからお前らももう寝な」
「はい、マスター。お休みなさい」
「おやすみなさい、ますたー」

津軽と子静は素直にフォルダへと戻っていく。
しかし、サイケは戻らなかった。
二人が入っていくのを見届けると、また臨也を見つめる。

「マスター、シズちゃんと喧嘩したの?」
「喧嘩、喧嘩、ね……」

ふう、と臨也はため息を吐いた。
やっぱり、とサイケは思う。
臨也と静雄は恋人同士となってからも、それはもうかなりの頻度で喧嘩をしている。
理由はサイケにも分からないけれど、静雄と喧嘩した後の臨也は少し淋しそうな目で津軽と子静を見つめるのだ。
静雄の姿を重ねているのだろう。

「仲直りは早い方がいいよ。俺はあまりシズちゃんとは会ったことがないけど、謝れば許してくれるよ。ね?」
「プログラムに諭されるとは思ってなかったな……」
「俺をそう作ったのはマスターじゃない。だから津軽と子静はこんなふうに話さないでしょう?」

サイケはにこりと微笑んだ。

「マスターはシズちゃんが大好きだから、津軽と子静を作ったの?」
「いや、違うよ。あ、子静に関して下心がなかった、とは言い難いけど。津軽はサイケ、お前のために作ったんだ」
「俺?」
「話し相手は必要だろう?特にお前は、俺に似てるからね」
「マスターがそう作ったんだよ」

臨也と二人きりで話すのは、もう随分久しぶりだった。
津軽ができてからは、もっぱら会話は三人でしている。
子静ができた今は、もう二人きりなんて機会はそうそうない。
あるとしたら、津軽と子静が歌の特訓をしているときくらいだろう。

「まったく……サイケは最高のプログラムだね」
「褒め言葉かな?ありがとう、マスター」

臨也が笑う。サイケも笑う。
同じ顔をしている、と津軽は言うけれど、やはりサイケは違うと思う。
臨也は人間で、自分はプログラムなのだから。
サイケはそれをよく理解している。そして、きっと臨也もサイケがそう理解していることを知っている。
だからこそ、臨也はサイケと話すとき、まるで人間を相手にするように話した。

「シズちゃんがね、よく懐いてる先輩が居るんだけど」
「うん?」
「ちょーっと妬けちゃってね。俺と会った、っていうのにそっちを優先するものだから、意地悪しちゃったんだ」

こうやって臨也が話すから、きっとサイケは津軽や子静よりもスムーズに会話できるのかもしれない。
サイケの言葉は、全てが臨也の受け売りだ。
サイケ自身が考えて言葉を発することなんて、できるわけがないのだ。
そう思うとき、サイケは少し、臨也に嫉妬する。自分で考えて、行動できる臨也が羨ましい、と。

「ヤキモチ妬いて意地悪するなんて、男らしくない。実によくない」
「それ、俺の真似?」
「うん、似てるかな?シズちゃんにはやめた方がいいって言われたけど」
「そうだね、やめた方がいい」

臨也が苦笑する。
サイケは理由がよく分からず、こてんと首を傾げた。

「どうして?」
「俺の真似なんてしなくても、サイケは自分で考えられるだろう?」
「でも俺、プログラムだから自分で考えるなんて……」
「サイケはできるよ。もちろん津軽も、子静もね。お前たちは俺の作ったプログラムだけど、もうすっかり人格を持ってる。だから俺の真似なんてしなくていい」

真似をしなくていい、だなんて言われると思わなかった。
サイケが目を丸くして見つめると、臨也は笑いながら、それでも真剣な目をしていた。

「サイケは津軽が好きなんだよね?」
「うん、津軽のこと、大好きだよ」
「それは俺がプログラムしたわけじゃない。分かる?」
「……うん、分かる」

臨也の言葉はまるで魔法だ。
サイケはふにゃりと笑う。
もちろん、これもプログラムされていない。

「すごいね、マスター。俺の悩み全部ふっ飛ばしちゃうんだもん」
「サイケには話を聞いてもらったからね」

さすが、と思わずにはいられなかった。
創造主である臨也にそう言われると、サイケは自分が単なるプログラムではないと思ってしまう。
サイケだけではない。津軽や子静も同じだ。

「ありがとう、マスター」
「どういたしまして」
「あ、それから、大丈夫だよ。マスターはシズちゃんと仲直りできるよ」
「まあ……今度、ね」

困ったように笑う臨也を見て、サイケはふっと吹き出した。
この溢れる感情や言葉は、プログラムなんかじゃない。サイケのものだ。


つづく


'10.09.06 七草


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