ご対面
臨也が留守にしているとき、めずらしく静雄が臨也のマンションを訪ねていた。理由はただ一つ、臨也を殴るためだ。
臨也の事務所兼住宅は、セキュリティー面のしっかりしたマンションなのだが、近隣迷惑となる、という理由で波江はさっさと静雄を部屋に上げたのだ。
波江が適当に飲み物を出している間、タイミングがいいのか悪いのか、臨也が帰った。
静雄は立ち上がりっぱなしになっている臨也のパソコンに釘付けで、臨也の帰宅に気付かないままだ。
その姿を見つけると、臨也は首を傾げる。
「あれ、シズちゃん?」
「いぃいいいいいざぁあああああやぁああああああっ!!」
臨也の存在に気付いた瞬間、静雄の怒声が臨也のマンションに響く。
ちなみに波江は臨也が帰宅した時点でさっさと帰宅している。実に賢い判断だ。
「ちょ、何いきなり怒ってるの!?って、あっ……!」
「手前ぇ……何なんだ、これはぁああああ!!」
静雄の指差す先にあったのは、デスクトップからこちらを見つめているサイケと津軽、それから子静だった。
三人は静雄に興味津々のようだ。目を輝かせて静雄を見つめている。
臨也は困ったように笑った。
「シズちゃんだ!津軽と子静と同じ顔だね」
「シズちゃん、こんにちは」
「しずちゃん?つがる、そっくり」
「違うよ、子静。津軽がシズちゃんにそっくりなんだよ」
三者三様、好き放題喋る。
一度パソコンに目を向けた静雄だが、すぐさま臨也の方を向き直る。
ギロリと睨みつけられ、臨也は肩を竦めた。
「この変態が!」
「あのね、シズちゃん。その子たち、会話で色んな言葉覚えるから、変なこと言わないでくれる?」
「はぁ?」
そう言った話は、静雄にはよく分からない。
かなり癪ではあるが、コンピューター関連で静雄は臨也には敵わないのだ。
静雄の目が、またパソコンに向く。
「こんにちは、シズちゃん!会えて嬉しいよ!」
サイケがにっこり笑う。
「はじめまして、シズちゃん」
津軽がぺこりと頭を下げる。
「こんにちは、しずちゃん」
子静がおどおどと見つめる。
「お、おう……」
思わず、静雄は怒りも忘れて三人を見た。
臨也そっくりのサイケに、自分そっくりの津軽。それから、幼い頃の自分によく似た子静。
これら全て、臨也が作り上げたプログラムなのだというのだ。
「マスターってば、なかなかシズちゃんに会わせてくれないんだもん。ずっと会ってみたかったんだ!」
「マスター、シズちゃん、ラブ」
「しずちゃん、ますたー、すき?」
「すっ……!?」
静雄の顔がみるみる赤くなる。
あーあ、と臨也はもらしながら、頭をぐしゃりとかいた。
プログラム相手にべらべらと話した自分が悪いのだが、まさかこんな形でバラされるとは思ってもみなかった。
臨也はそっと静雄の顔を覗き込む。
「あのー、シズちゃん……?」
「手前……馬鹿か!死ねっ!」
真っ赤な顔をした静雄は、それだけ言うと臨也を殴りもせずに逃げるように出て行った。
残された臨也は、らしくもなく去って行った先を見るばかりだ。
いったい、静雄はどうしたと言うのか、臨也には分からない。
「マスター、早く追い掛けなきゃ!シズちゃん行っちゃうよ!」
「マスター、早く」
「しずちゃん、いっちゃう!」
サイケたちの声援に押されるようにして、臨也は静雄を追い掛けた。
はぐらかして誤魔化すことは可能だ。しかし、そうしたくない。
臨也が飛び出していった後、部屋がしんと静まり返った。
それもつかの間、無人となった部屋でまた会話が始まる。
「ふふ、シズちゃんもやっぱり可愛いね。さすが津軽と子静のモデルなだけはあるね」
「マスターのあんな顔、初めて見た」
「ますたー、しずちゃん、すき?」
「うん、そうだよ子静。マスターはね、ずっとずーっとシズちゃんが大好きなんだよ」
「マスター、シズちゃんを愛してる」
「すき、あいしてる……」
「子静には、まだ早いかもね」
臨也の想いが成就するのか、三人には分からない。
しかし、一人したり顔でサイケは笑った。
「でも、うん……きっとシズちゃんもマスターのこと、嫌いじゃないかもね」
「嫌いじゃない?じゃあ、好き?」
「きらい、こわいことば。きらいちがう、こわくない」
「俺にはよく分からないけど、多分ね」
こてりと首を傾げる津軽と子静に、サイケはにっこりと微笑み掛けた。
おわり
'10.09.01 七草
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