想いのベクトル

子臨と子静、二人の仲はあまりよくない。というものの、子臨が一方的に子静に絡むのだ。
サイケはそれを眺めながら、マスターに似ている、と純粋にそう思った。

「サイケ、どうした?」
「ちょっと子臨がね。本当に、不器用だよね」
「子臨?」

きょとんとして津軽が首を傾げる。
鈍い、というわけではないけれど、津軽はそういった感情に疎い。きっと、子臨が子静に抱いている感情には気付いていないのだろう。
本当にシズちゃんそっくりだ、とサイケは内心笑う。

「ほら、いつも子静に喧嘩腰になるでしょ?」
「ああ、あれはコミュニケーション、だろ?」

津軽の言葉にサイケはぱちくりと瞬きをした。

「違うのか?子臨はいつも子静を見てるから」

津軽には脱帽だ。サイケは声を出して笑った。
津軽の言う通り、子臨はいつだって子静を目で追っている。突っかかるように話してしまうのは、子臨なりのコミュニケーションなのかもしれない。
本当に、津軽はよく見ている。

「うん、津軽の言う通りだね」
「子静は本気で怒ってるみたいだけど」
「子臨ってマスターそっくりだ。こうやって見てると、マスターとシズちゃんみたいだ」

サイケの言葉に津軽が頷く。また、子臨と子静に目を向けた。
相変わらず、二人は口論をしている。語彙が多い分、口喧嘩では子臨が優勢だ。

「だからさ、なんでシズちゃんシズちゃん言ってるの?馬鹿でしょ、君」
「ばか、ちがう!」
「じゃあ何なの?」
「シズちゃん、らぶ。シズちゃん、すき!」
「っ……やっぱり馬鹿なんじゃない」

ああ、あれでは伝わるものも伝わらない。サイケはため息を吐いた。それが津軽の耳に届いたようで、津軽はそっとサイケの頭を撫でた。
サイケが津軽を見ると、津軽はサイケを見ていた。
変わっていく津軽。前は口数も表情も少なかった。今は、少し違う。

「ありがとね、津軽」

こくりと頷く津軽を見て、サイケは微笑んだ。
伝わることの尊さを、サイケはよく知っている。だから子臨の気持ちが子静に伝わればいいと思う。
そんなことくらい、きっと子臨は分かっているのだろうけれど。

「最近のサイケは子臨のことばっかりだな」

ぽつりと漏らされた言葉に、サイケは一瞬目を丸くする。しかしすぐに意味を理解すると、津軽の手を取って微笑んだ。

「気になっちゃってね。でも、だからってもう津軽のことを放っておいたりしないよ」

ぎゅっと手を握る。
サイケは子静や子臨のことを大切に思っている。それは人間が家族に向ける感情と同じだ。
だけど、津軽だけは少し違う。
サイケにとって津軽は、大切でかけがえのない存在だ。恋心なんて、津軽がいなかったらきっと芽生えていない。

「……別にいい」

ふい、と津軽が顔を逸らす。その頬は赤く染まっていて、サイケは嬉しそうに表情を緩めた。
津軽は誰にも渡したくない。そんな感情だって芽生える。
特別なのだ。臨也にとって静雄がそうであるように、サイケにとって津軽はそんな存在だ。
手放す気なんて毛頭なく、他の誰にも触れさせたくないとさえ思う。
きっと、サイケがこんな風に思っているだなんて、津軽は知らないだろうけど。

「……津軽」
「何だ?」
「好きだよ」

笑ってサイケが言えば、津軽は嬉しそうに笑って頷く。
いつまでもこのままでいられたらいい。そう思って、サイケは津軽の手に口づけた。


おわり


'11.01.20 七草


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