妬けるね
このところ、サイケはずっと子臨のことばかりだ。
いつものように子静にちょっかいを出しては嫌われ、落ち込む子臨をサイケが慰めている。
サイケは一番最初に作られたせいなのか、面倒見がよい。子臨にとっては兄のような存在なのだろう。
「今度は何を言ったの?」
「別に、何も……」
「子静も子臨が不器用なんだって分かってるんだろうけどね」
そんな不器用な子臨が、このところは徐々にサイケに懐き始めている。それは、良いことなんだと思う。
しかし、津軽はつまらなかった。
「……サイケ」
前はどんなに小さな声でもサイケは拾って、どうしたの、と聞いてくれた。しかし、今は気付きもしない。
ひどく悲しくて、苦しくて。子臨がいるからだ、と思ってしまう自分が嫌で。津軽は二人を見たくなくて俯くと、いつもとは違うフォルダに隠れた。
「サイケ、サイケ……」
頭の中をぐるぐる回る。こんなこと、今までなかった。
サイケはいつだって津軽の傍にいて、呼べば答えてくれる。今だって、津軽を無視したわけじゃない。もっと大きな声で呼べば、振り向いてくれただろう。
なのにそうできなかったのは何故だろう。津軽は小さく息を吐いた。
これは、知らないものだ。
そっと目を閉じると、フォルダが急に動いた気がした。そう思ったときには、津軽の意識は途切れていたから、確かではないけれど。
*****
津軽の意識が戻ると、そこは先程までいたフォルダだった。
いったい何だったんだろう。津軽は首を傾げると、ひとまずフォルダから出た。出てすぐ、驚いた。
「マスター?」
いつもとは風景が違う。目前には、驚いた顔をした臨也がいた。
「津軽、何でそこから……ああ、そうか、なるほど」
「ここは……?」
「こっちは仕事用のパソコンだよ。なるほど、フラッシュメモリーでも移動できるのか」
津軽にはよく分からないけど、臨也は納得したような顔で呟く。
いつもと違う風景。そこにはサイケも子静も子臨もいない。
落ち着かない気持ちになるのは、きっとサイケがいないせいだ。
津軽がきょろきょろと辺りを見回していると、臨也は優しく声をかけた。
「何かあったの?」
その声はサイケと同じだ。優しく尋ねて、こちらを見る目だって。
だけど、サイケじゃない。サイケがいい。そう思って津軽は俯いた。
「サイケが構ってくれない……」
「ああ……このところ子臨ばかり構ってるからね。サイケには言えないか。淋しいならしばらくこっちにいたら?」
「え?」
「心配させてやるといい」
にや、と臨也が笑う。意地の悪い笑みで、その笑顔はまるで悪人だ。
そういうところを見ていると、サイケと臨也は別の存在なのだ、と感じられる。そんなこと、サイケにも臨也にも言わないけれど。
マスター、と津軽が呼ぶと、臨也は優しく微笑んだ。
「津軽に淋しい思いをさせるなんて、本当にサイケは悪いやつだね」
「……そんなことない」
「うん?」
たとえマスターでも、サイケを悪く言われたくない。
津軽はじっと臨也を見た。
「サイケは、優しい。誰にでも。だから、サイケ悪くない」
「津軽は本当にサイケが好きだよね。妬けるよ」
「やく?」
津軽がきょとんとして首を傾げると、サイケの声が聞こえた。
「津軽!?」
いつもとは違う、機械を通した声だ。
離れた場所にいるんだな、と感じて、津軽は少し淋しくなった。
サイケはいつでも津軽の傍にいた。仕事で別のパソコンにいるときだって、サイケは津軽を見てくれていた。
見つけて、と思うのはわがままかもしれない。津軽は臨也を見た。
「もう帰る?」
「マスター!津軽がいない!何でか知ってる?」
「めずらしく取り乱してるね?」
「当たり前だよ!何でマスターはそんなに悠長――」
「……サイケ」
憤るサイケなんてめずらしい。そう思いながら、津軽はサイケを呼ぶ。
「津軽……よかった」
ほっとした顔のサイケが目に入り、なぜだか津軽は安心した。
サイケが好きだ。子静や子臨のことも好きだ。
でも、サイケは誰にも渡したくない。子静や子臨、臨也や静雄にも。
「どうしたの?メンテとか聞いてないけど」
「ちょっと、淋しくなっただけだ」
「……ごめん。淋しい思いなんてもうさせないから、早く帰ってきてよ、津軽」
サイケは優しいから、きっと子臨と子静のことを放っておいたりしないだろう。放っておくなんて、そんなのサイケじゃない。
津軽は小さく息を吐くと、臨也に向かって微笑んだ。
「マスター、もう帰る」
「はいはい。そう言うと思ってたよ」
臨也がそう言うと、すぐに転送の準備が始まる。
目を閉じて、津軽はサイケのことを頭に浮かべた。
「やっぱり、サイケの傍がいい」
妬けるね、と言った臨也の声を聞きながら、津軽の意識はそっと動く。次に目を開けたときは、きっとすぐにサイケを見つめようと決めて。
おわり
'10.12.23 七草
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