もどかしい想い

好きだなんて言葉が言えるほど、子臨は馬鹿ではない。目の前で繰り広げられる愛の劇場に、小さくため息を吐いた。
子臨には分からない。なぜ、滑るように愛を語れるのか。
子臨には分からない。なぜ、愛してしまうのか。

「シズちゃん!」
「おー、今日も元気そうだな」
「こしず、げんき!」

画面の向こうにいる静雄に、子静が嬉しそうに話し掛ける。馬鹿だな、と思った。
静雄はマスターである臨也の恋人であり、子静には手の届かない存在だ。
それなのに、子静は言うのだ。シズちゃん、ラブ、と。
子臨には分からない。

「淋しそうな顔をしてるね?」

不意に声をかけられて振り向いた。サイケだ。
頭を撫でられて、子臨は不思議な感覚を知った。

「別にしてないけど」
「そう?なら俺の勘違いかな」

子臨にとってサイケは、同じ人をモデルに作られた、謂わば先輩に当たる存在。津軽や子静を見るときとは、少しだけ感覚が違う。
サイケのことを子臨は読めない、と思う。サイケは賢い。まるで人間みたいだ。
じっと子臨が見つめると、サイケは優しく微笑んだ。

「子静のことが気になるんじゃない?」

当たりだ。だから子臨は眉を顰めた。
サイケはそんな子臨の表情の変化に気付き、困った顔で笑った。

「子静はまだ子供だから、ちゃんと言わないと分からないよ。気持ちを伝えるのって難しいよね」
「何のこと?意味分かんないんだけど」
「子臨も不器用だね」

マスターみたいだ、とサイケは笑った。
分かっている。子臨にも。子静にはちゃんと言葉にしないと伝わらないことくらい。
だけど仕方ないのだ。どうすればいいか分からない。
初めて目が合ったあの瞬間から、子静のことが頭を離れない。そんなの、プログラムされていなかった。

「……何が分かるの?」
「うん?」
「想う人に想われてるサイケに、何が分かるのさ。分かるわけないよね。だってサイケには津軽がいるんだから」

これは妬みだ。それから、僻み。
同じように折原臨也をモデルに作られたはずなのに、サイケはずるい。素直さも賢さも、優しさまでも兼ね備えている。
それなのに子臨には何もない。ただ、知識だけが豊富なだけだ。
感情も思い通りにならないし、言葉だって。

「子臨の気持ちは俺には分からない。きっと、子臨にしか分からないよ。だけどね、子臨」
「……何?」
「分かりたいと思うよ」

びくりと子臨の肩が震えた。
同じプログラムだ。折原臨也が作り出したコンピュータプログラムだ。
なのに、どうしてサイケはこんなにも人間に近いのだろうか。どうしてこんなにも優しいのだろうか。
目眩がする、と子臨は思う。サイケのように素直に言葉を伝えられるほど、器用にはなれない。

「別に、サイケに分かってほしいわけじゃないし」

拗ねたように顔を背けると、向こう側で子静が笑っているのが見えた。
何でだろう。こんなにも苦しいのは。
苦しさを押し込むように、子臨はぎゅっと手を握り込んだ。

「素直じゃないね、子臨は」

サイケがそう言って頭を撫でるものだから、子臨は悔しくて堪らなかった。
反論の言葉はあったけれど、そんな強がりなんて、きっとサイケには通じない。子臨はただ、何も言わずに立ち尽くした。



*****



「子臨、大丈夫だったか?」

子臨をフォルダに帰らせた後、サイケが戻ると津軽が出迎えた。心配そうな津軽に、サイケは困ったように笑うしかない。
大丈夫ではない。おそらく。
子臨は誰よりも性能がよく作られているはずだ。マスターである臨也がそう言ったのだから確かだ。
しかし、それ故に誰よりも不器用だ。

「不器用な子だよね、子臨は」
「そうだな」
「ひどく頭が良い。だから臆病にもなるのかな」

憶測だけれど、と付け加えてサイケはため息を吐いた。あの不器用さは臨也のものだ。
臨也のことだから、きっと何か思うところがあるのだろうけれど、子臨が可哀相だ。

「子静が素直すぎる分、子臨は素直になれないのかもね」
「俺には子臨は素直に見える」
「え?」

津軽の言葉はサイケにとって意外なものだった。
子臨の言動を見ていて、不器用で素直でない、というのがサイケの考えだ。しかし、津軽は反対のことを言う。
サイケは首を傾げた。

「言葉は確かに不器用だけど、嫌だ、と素直に言ってる。サイケの方が素直じゃない」

津軽にじと、と見つめられ、サイケは困ったように笑う。否定はできない。

「なるほど、そうかもね」

ここで話題を避けることも可能だが、そうすれば津軽の機嫌は悪くなるだろう。そこまで考え、サイケは小さく息を吐く。

「何だろうね、俺は。マスターにとって理想の折原臨也なのかもしれないね」
「理想の折原臨也?」
「そう。子臨はきっと、マスターにとって一番思うようにならない自分なのかもしれない。マスターは頭が良いけど、すごく不器用だから」

自分に似せたプログラムを作り出した臨也の心理など、サイケには分からない。ただ、そうではないかと予想していた。最初に子臨を見たときに。
津軽や子静は想い人が自分以外に向ける姿を、サイケや子臨は自分の理想と実像を。あくまでも、憶測に過ぎないけれど。

「……マスターは不思議な人だ」
「ん、そうだね」

自分はどうすればいいだろう、とサイケは考えた。きっと正しい答えなんてない。


つづく


'10.11.25 七草


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