再会の喜び

そこにいるのに、ここにはいない。
儀式に失敗した御子は、皆そういう状態になる。神への想いが足りないのか、神楽に不手際があったのか。理由は様々だが失敗した御子は皆、深き眠りより覚めなくなる。
サイケは目を閉じたまま動かない津軽を見つめ、何も言葉が出なかった。
昨日までは笑って、歌っていたのに、津軽はもう目を開けない。
生きているのに、決して目覚めたりしないのだ。

「どう、して……?」

ようやく口から出た音は、それだけだった。サイケの頭に津軽の笑顔が浮かぶ。そして、消えた。
儀式が行われることをサイケは知っていた。
御子は神のために舞い、歌い、そして神を鎮めるのだと聞いていた。
明日になればまた津軽と話ができると思っていた。津軽の笑顔が見られると思っていた。

「津軽、津軽……」

名前を呼んでも津軽は応えない。
サイケは泣いた。声を押し殺して、顔を仮面で覆ったまま、静かに。
流れる涙は津軽への想いを溶かしていくようで、ようやくサイケは気付いたのだ。あぁ、津軽を愛しているんだ、と。

「目を覚ましてよ。聞こえてるんでしょ?ねえ、目を開けてよ」

震えてしまわないようにぐっと抑えた声は、抑揚なく、しかし、悲痛な響きを持っている。懇願するように呼び掛ける声は、静かでいて、悲しい。
もしこの場に誰もいなかったら、きっとサイケは眠る津軽に縋り吐いて泣いただろう。
しかし、そうすることは赦されない。津軽が失敗したのなら、次は御子の資格を持つサイケの番だ。
黒い着物から白い着物へと着替え、神への歌や舞いを覚えなくてはならない。
なぜ津軽が失敗したのか、サイケには分からない。ただ、もう津軽と話すことも、津軽の笑顔を見ることもできないのだと、分かった。
解った。けれども、それで諦められなかった。

「絶対に、赦さない。俺を置いてく君なんて、嫌いだよ」

取り返せばいい。身代わりを用意して、津軽を返してもらえばいい。
サイケはそう考えると、狐の面を外した。

「誰でもいいよね」

祭司を見つめ、にこりと笑う。
サイケはもう、神なんて信じてはいない。儀式なんてなくなってしまえばいいと強く思った。

「津軽のために、みんな差し出せばいいんだ。津軽が帰ってくるなら、他の誰もいらない」

サイケは楽しそうに笑うと、津軽の唄っていた唄を歌い始めた。

「な、にをっ……!」

その場にいた宮司たちは倒れる。そして、そのまま眠りについた。
最後まで意識があったのは、祭司だけだ。
サイケは歌い続ける。子守唄を。津軽のために。黒い着物のまま。狐の面を持って。
サイケは禁忌を犯した。津軽に会ったことでも、素顔を見せたことだけでなく。神以外を想って神への子守唄を唄った。
そして社は、眠りに閉ざされた。




*****




「津軽が起きてくれるなら、それ以外のことはどうでもよかったんだ」

サイケはぽつりとそう言うと、それきり口を閉ざした。
静雄にサイケの気持ちは分からないけれど、それが許されることではないことは分かった。
サイケは罪を犯した。すべては津軽のために。

「許されねぇことしたのは確かだよな」
「……うん」

きっとここに臨也がいたのなら、違う答えを出しただろうと静雄は思った。
臨也はきっと優しく受け止め、そして優しく突き落とすのだろう。折原臨也とは、そういう男だ。
ただ、いけ好かない男だが、臨也は時々恐ろしいくらいの正論を言う。
サイケにとって、もしかしたら臨也の方が的確な答えを明示できるのかもしれない。

「津軽はどこにいるんだ?」
「多分、こっち。津軽の唄が聞こえる」
「唄?聞こえねぇけど」

静雄は首を傾げた。
サイケの指差す方には冷たく閉ざされた木の扉があるだけで、唄なんて聞こえない。

「津軽……」

サイケがその名を呟くと、戸が開いた。

「……サイケ?」

そこから姿を見せたのは、自分そっくりの白い着物の青年と、忌々しいあの男の姿だった。
静雄は目を見開く。臨也も驚いたような面もちで静雄を見つめた。
一瞬、動きがなくなる。まるで時が止まったように、誰も動かなかった。
そんな空間を壊したのは、サイケだった。

「津軽!」

何よりも愛しい人の名を呼び、サイケは津軽に抱きついた。形を確認するように、きつく抱き締める。
抱きつかれた津軽は一瞬驚いたけれど、すぐに表情を緩めてサイケを抱き締め返す。感動の再会だ。
静雄が思わず口元を緩めると、臨也の手が静雄の手を捕らえた。

「臨也?」

驚いて見つめる。臨也は怪訝な顔をしていた。
嫌みったらしい笑みはそこにはなく、眉間にしわを寄せ、静雄を睨みつける。

「応えるなって言わなかったっけ?」

威圧するような、低い声だった。静雄はムッとした。
そもそも、臨也が余計なことをしなければ、静雄だって応えたりしなかった。
もしかしたら、臨也が目覚めないことに歓喜したかもしれない。

「手前があんな手紙寄越すからだろ!」

言い返した言葉、思わず拗ねているような声になってしまった。
臨也はそんな静雄に驚いたのか、静雄の手を放した。

「本当に、シズちゃんは俺の予想を裏切るよねぇ……」

頭をかく臨也がなんだかおかしかった。
たった一週間だ。普段はそれよりも長い期間会わないことの方が多い。
それなのに、なぜだか静雄は随分久しぶりのような感覚だった。

「これでもし俺たちが眠り続けることになったら、俺がシズちゃんを殺したことになるのかな?」

そんな静雄に気付いたのかどうか、臨也はいっそ懐かしさを感じさせるような、いつもの笑みでそう言った。
静雄は眉を顰めると、殺意を込めて臨也を睨みつけた。

「手前なんかのせいで死ぬかよ」
「でもシズちゃんは手紙を見て、俺に会いに来たわけでしょ?これって心中みたいなものなんじゃないかなぁ」
「冗談じゃねぇ!手前と心中なんか死んでもするか!一人で死ね!」
「うん、さすがシズちゃんだ」

そう言い返した静雄を見て、臨也はおかしくて堪らない、と笑い出した。
それはもう、楽しそうに。見たこともないくらい無邪気に笑っていた。


つづく


'10.09.04 七草


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