笑顔のその奥

「ああ、起きてやるよクソ野郎!」

そう言って静雄が起き上がると、黒い着物を着た青年が目を丸くして静雄を見ていた。
臨也と同じ顔だ。忌々しい。
静雄が睨み付けると、なぜか青年は嬉しそうに笑った。
そして、静雄に抱きつくと、こう呼んだのだ。

「津軽!」

嬉しそうに、ぐりぐりと頬をすり寄せてくる。
顔が臨也と同じなものだから、静雄はどうにも気色悪かった。
離せ、と振り払うと、青年は一瞬驚いて、しかし尚も優しく微笑んだ。

「おかえり、津軽」
「俺は津軽じゃねぇ。手前、何なんだ?」
「何なんだって、サイケだよ、津軽」

にこりと笑う。純粋な笑みだ。
臨也と同じ顔をしているのに、不思議なほどサイケの笑みは穏やかだ。そこに悪意は感じられない。
静雄が困惑していると、サイケはそっと静雄の手を取った。

「会いたかったよ、津軽。ずっと、待ってた」
「俺は津軽じゃねぇよ。平和島静雄っつー名前が……」
「平和島、静雄……?」
「悪ぃな、お前の待ってたやつとは別人だ」

サイケは目を丸くする。
静雄は罰が悪そうにそう言うと、サイケの紅い目を覗き込んだ。
臨也と同じだ。
紅い目をした人間なんて、そうたくさんいるわけではない。

「静雄君は、津軽じゃないんだね……」
「ああ。人を捜しに来ただけだ」
「人、捜し?」
「とりあえず、一発ぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ!」

サイケに臨也の面影を重ねてしまうけれど、サイケは臨也とは違った。
まるで、子供だ。無邪気で、純粋で。
臨也と同じ顔をしているのに、こてりと首を傾げるサイケを見ると拍子抜けしてしまう。

「悪いな、そういうわけだから俺はもう行くわ」
「俺も行く!」
「あ?」

さっさと社を出ようとすると、サイケに引き留められる。
じっと見つめてくるその目に、静雄は思わず苦笑してしまった。
基本的に、素直な人や子供には甘いのだ。
静雄は頷く。

「なら案内してくれよ。お前、ここのこと知ってんだろ?」
「知ってるっていうか、うん……分かった」

サイケはにこりと笑う。
それはどこか淋しそうな顔だったけれど、静雄は気付かないふりをした。
静雄は津軽じゃない。サイケの待っている人物には、なり得ないのだ。

「静雄君と静雄君の探してる人がここに来ちゃったのは、俺のせいなんだ」

歩きながら、サイケは言う。

「津軽の歌が聞きたくて、津軽の笑顔が見たくて。津軽とまた話したくて、身代わりを呼んだから」
「身代わり?」
「うん、津軽は眠ったまま起きない。俺のせいだ。津軽…」

落ち込んだ様子でありながらも、サイケは前を見据えている。
静雄には今一つよく分からないが、ぽん、とサイケの頭を撫でた。

「よく分かんねぇけど、お前の言葉に応えるのを決めたのは俺だ」
「え?」
「あー……なんつーか、津軽ってやつもお前のこと責めてねぇと思うぜ?」

サイケは泣き出しそうに顔を歪めると、そんな顔のまま笑った。
よく笑う。それが本当に笑顔なのかどうか、静雄には分からないのだが。

「ありがとう」
「ほら、とっとと行くぞ」

静雄がサイケの手を引く。
サイケは小さく頷くと、ぎゅっと静雄の手を握り返した。


つづく


'10.08.30 七草


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