飛び込む覚悟

「目を覚ましてよ」

静雄はまだ見続ける。言葉には応えない。
臨也の言葉に従うのは癪ではあったけれど、少なくとも他の手段を知らなかった。
一ヶ月間我慢すればいいだけの話だ。
後二週間、睡眠不足に悩まされれば済む。

「君はどうして、絶対に俺のものにだけはなってくれないんだろうね。ひどく妬ましいよ」

いつも言葉を続けているだけだ。
その声には覚えがあるのだけれど、それが誰だかは不思議と思い出せなかった。
思い出したいとは思っているのに、頭に靄が掛かったようになり、分からなくなるのだ。

――可哀相にな。

静雄は声の主にそう感じた。
置いていかれることを、孤独を、恐れている。静雄にはそう感じられた。

「あぁ……そういうことか」

いつもとは違った調子で声は呟くと、静雄の意識は白く浮かぶような感覚に捕われた。
目覚めるのだ。



*****



朝だった。目を開けてすぐ、静雄の携帯はけたたましく鳴っていることに気付いた。
携帯を開くと、そこには見知った名前が表示されている。

「新羅?」
『静雄!ちょっとうちまで来てくれないかい?』
「は?」
『臨也が大変なんだ。詳しい話は後でちゃんと話すから』

新羅はそう言うと、ぶつりと通話を終了する。
臨也のことで静雄に何か言えば、怒りを買うと知っての行動か。
静雄は眉を顰めた。
臨也相手に義理も何もないが、とりあえず新羅のマンションに向かう。
どうしてそうしようと思ったのか。
臨也にしてはめずらしい、真剣な顔を見たからかもしれなかった。



「あ、静雄!」

マンションを訪ねてすぐ、新羅が静雄を迎えた。
リビングに通されると、そこにめずらしい客が来ていることに気付いた。
矢霧波江。臨也の秘書だ。
静雄と目が合うと、波江はふ、とため息を吐いた。

「おい、ノミ蟲がどうしたってんだよ?」
「うん、それは追々話すよ。静雄を呼んだのは、臨也からの手紙を渡すためなんだ」
「はぁ?」

意味が分からない。何が言いたいというのか。
静雄が眉を顰めると、新羅は一枚の紙を差し出した。
真っ白な紙にはボールペンで丁寧に書かれた文字の羅列。
静雄は臨也がどんな字を書くかなんて知らなかったが、自分に宛てられた手紙にひどく驚いた。

「何だってんだよ……」

手紙を読む。
引き破かなかったのは、そうすることが得策ではないと思ったからだ。


――シズちゃんへ
夢を見るって言ったね?実は俺も見てる。
まあ俺の夢は、シズちゃんと違って置いていかれる夢なんだけどさ。
眠り続けてる、大切な人がいる。その人は声を発したりしないけど、応えてみるよ。
もし俺が昏睡状態になったら、前に言った話信じてくれるでしょ?
短気を起こして応えちゃだめだよ。

シズちゃんへ、愛を込めて――


とんだ手紙だ。愛だなんて馬鹿げている。
静雄は目を細め、手紙を破こうとした。
しかし、

「静雄、臨也が眠ったまま起きないんだ」

その手はぴたりと止まる。
表情を変えないまま、静雄は新羅を見た。

「原因不明の昏睡状態。医者である僕にも分からなかった」
「そう、か……」
「最近流行りの都市伝説と全く同じ症状だね。知ってはいたけど、まさか本当に実現するとは思わなかった」

――ああ、本当のことだったのか。
静雄は新羅を見つめたまま、ピクリとも動かない。
臨也が都市伝説を信じたことも驚きだが、あれほど静雄に応えるな、と言っておいて、応えたことにも驚いた。

「あいつは、どこにいるんだ?」
「奥の部屋で眠ってるよ。彼女が見つけてね、セルティに運んでもらったんだ」
「……どうも」

静雄はそれだけ言うと、奥の部屋へと足を運ぶ。
臨也の寝顔なんて想像もつかない。
けれども、なぜだか顔を見たいと思った。



「本当に、起きねぇんだな」
『……静雄』
「黙ってろって言っても、黙らなかった臨也が、静かなもんだな」

妙な焦燥感がある。
ここに臨也はいるのに、しかし臨也の心はここにない。
夢に応えたから、夢に囚われたのだろうか。
そんな非現実的なことが起こっていいのだろうか。
静雄は静かに目を閉じる。
浮かぶのは、あの日の臨也の目だった。
真剣でいて、何かを訴えるような。

「セルティ、ちょっと昼寝するわ」
『し、静雄!?』
「ちょっと行ってくるって、新羅に伝えといてくれ」
『……分かった』

PDAに打ち込まれた文字を読むと、静雄は穏やかに微笑んだ。
そうして、臨也の眠るベッドに突っ伏し、目を閉じた。
目覚めたばかりだから眠れるか分からなかったけれど、すぐに訪れた睡魔に身を委ねる。

「目を覚ましてよ」
「ああ、起きてやるよクソ野郎!」

夢の声に、静雄は初めて言葉を返した。
その声が臨也によく似ていることを、今初めて思い出した。


つづく


'10.08.27


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