流行り話

最初に夢を見始めてから一週間。
静雄は繰り返し同じような夢を見続けている。
そろそろ睡眠不足は深刻な問題となっていて、静雄は治まらない頭痛に悩まされていた。

「不眠症、とは違うみたいなんだけどね。まあ、専門外だから何とも言えないところだけど」
「……そうか」

医者という者はどうにも苦手だ。
静雄が頼ったのは、必然的に新羅となった。
専門外なのは重々承知しているが、この状態で専門医にああだこうだと言われたら、キレない自信がない。
ふぅ、と静雄がため息を吐くと、セルティが心配そうに見遣った。彼女には首から上がないのだけれど。

『大丈夫なのか?』

PDAに打ち込まれた文字に、静雄は苦笑してみせる。
大丈夫とは言えない。

「心配してくれてありがとな、セルティ。んじゃ、俺もう行くわ」
『少しくらい休んでいけばいいんじゃないか?』
「いや、いいって」

やんわりとそう言えば、セルティはそれ以上強く言わない。
新羅も静雄の性格を知っているため、引き留めようとはしなかった。
しかし、玄関に向かう静雄に一声掛ける。

「そうだ、静雄」
「ん?」
「臨也から伝言があるんだ」
「あ゙ぁ?」

臨也。そう、折原臨也だ。
静雄とは顔を合わせば殺し合いを始めるほどの犬猿の仲である。
新羅は静雄が怪訝な顔をしたことに気付きながら、にこにこと笑っている。

「そろそろ、聞きにおいで。変な夢のことを教えてあげるよ、って言ってたよ」
「あいつ……」

静雄が変な夢を見る、と言ったのを臨也はまだ気にしているのだろうか。
あり得ない。臨也だ。
楽しんで引っかき回すことはしても、解決なんてする気もないだろう。
静雄は眉を顰め、少し思案する。

「結構まじめっぽく言ってたよ?ていうか、静雄が臨也に夢のこと話すなんて驚いたよ」
「たまたまだ」
「一度聞きに行ってみたら?」
「……殴りに行くついでにな」

素直じゃないなぁ、なんて言う新羅の声は聞かなかったふりをして、静雄は新羅のマンションを後にした。



*****



一日の仕事を終え、静雄は帰宅せずにそのまま新宿へと足を運んだ。
臨也のマンションまでくると、あっさり中に通された。

「やあシズちゃん、待ってたよ」

臨也はそう言うと、にやりと笑って静雄を迎えた。
相変わらず、嫌な笑顔だ。
静雄が睨みつけると、臨也はやれやれと言うように肩を竦める。
悪意は感じられない。しかし、誠意も感じない。
臨也を前にして、静雄は妙な気分だった。

「何か知ってんのかよ?」
「知ってると言えば知ってるけど、知らないと言えば知らないなぁ」
「手前ぇ……!」
「最近流行ってる都市伝説があるんだ」

静雄が激昂して殴りかかるよりも早く、臨也は話し出した。
それは前に会ったときも聞いた。
都市伝説。所謂、噂話というものだろう。

「毎夜毎夜、不思議な夢を見続けて、夢に出てくる人物の言葉に応えると、夢に囚われる。実際、目覚めてない人は何人かいるらしいよ?原因不明の昏睡状態、ってね」
「夢、だと……?」
「応えなければいいだけだ。一ヶ月応えずにいれば、夢は見なくなるらしい」

一ヶ月、と静雄は呟いた。それは長いようでいて、短い。
しかし、一ヶ月も不眠に悩まされるのは相当なストレスになるだろう。
ちら、と臨也を見れば、感情をなくした顔で静雄を見ている。
一見すると冷たい表情だが、これは臨也の本来の表情である。
人の良さそうな笑みや、嫌みな笑みは、臨也の意思でもって顔に張り付けられているだけなのだ。

「どうするの?」
「あ?」
「シズちゃんのことだから、うっかり返事しちゃいそうだよねぇ」
「……さあな」

静雄の言葉に、臨也の目尻がぴくりと動いた。

「つーか、声が聞こえてくるだけで俺は何も――」
「絶対に応えちゃだめだよ、シズちゃん」
「……臨也?」
「所詮ただの都市伝説だ。信じるも信じないもシズちゃんの自由だ。まあ、俺も目覚めてない人たちがどうなるかは知らないけど、ね」

意外だった。心底意外だった。
臨也のことだから、夢の声に応えて静雄が目覚めないことを望むはずだと思った。
それなのに、臨也は真剣な目で静雄を見つめて言う。応えるな、と。

「手前、この前から妙だな。何を企んでやがる」
「そんなふうに言うなんてひどいなぁ、シズちゃんは。折角親切心から教えてあげたっていうのに」
「手前が俺に助言なんざするわけがねぇ」
「いいけどね。でもシズちゃん、応えたらだめだ。俺はちゃんと忠告したからね」

そう言うと、臨也はにこりと微笑んだ。作り物の笑顔だ。
昔から、誰かを騙せたとしても、静雄だけはこの笑顔に不信感を抱いてやまなかった。

「まあ、話はそれだけだよ。他に何か聞きたいことは?」
「……ねぇよ」

本当は、一つだけあった。
なぜ、臨也がこんなことを調べたのか、だ。
しかし静雄は、それをどうでもいいことだと頭の隅に追いやり、礼も言わずに臨也の事務所を後にした。

「何が起こるか、楽しみだよねぇ」

臨也がそう呟いて悲しげに笑ったのを、静雄は知らない。


つづく


'10.08.23 七草


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