夢の続き

朝から妙にすっきりしない一日は、やはりその後もすっきりしない。
今日、静雄の理性が回数は、取り立てに行った先で一回、道端で二回。
できれば平穏な日々を送りたいと願う静雄なのだが、どうにも我慢ができない。

「……すんません、トムさん」

シェーキを片手に、静雄は頭を下げた。

「気にすんなって。てか、何かあったのか?」
「ちょっと夢見が悪くて」
「夢?」

問い掛けてくるトムに、静雄はこくりと頷いた。
うまく説明はできないが、あの夢がどうにも引っ掛かる。
ただの夢であるはずなのに。

「今日はこれで終わりだから、早く帰ってゆっくり休めよ」
「ありがとうございます」

にっと笑うトムに、静雄は軽く頭を下げた。


一度事務所に戻ると、静雄はまっすぐ家に帰る。
まだ暗くなり始めたばかりの夕暮れ時は、まだまだ人通りが多い。
もっとも、この町の場合、一部を除けば夜になっても人は多いのだが。

「シーズちゃん、今帰り?」

間延びした声で呼ばれ、静雄の額に青筋が出る。
振り向けば、そこには臨也が立っていた。
いつもと変わらず、黒いコートに身を包んでいる。
夏だというのに、おかしな格好だ。

「何で手前がいやがんだよ、臨也ぁ……」
「ちょっとこっちに用があってね」
「どうせろくな用じゃねぇんだろ」

今日は殴る気が起きない。
すっきりしない気分は、暴れても解消されなかった。
臨也相手となれば、苛立ちが増すだけだろう。
静雄が手を出してこないことに、臨也は不思議そうな顔をした。

「何かあったの?」

臨也と静雄はそれなりに付き合いは長い。
良い意味でなく、互いに相手を理解している。
臨也の場合、理解した上で引っ掻き回しているほどだ。
そんな臨也がからかいもせず、ごく普通に尋ねたのは、静雄がどこか疲れて見えたからだ。
静雄の方は、いつもの嫌みがなかったことに面食らっていた。
何しろ臨也と静雄の仲は悪い。
余計な一言や二言があってもおかしくないのだ。

「おとなしいシズちゃんなんて気持ち悪いね。殴りかかってこないなんて、余程のことがあったの?」
「……うぜぇ」

臨也は余計な言葉を思い出したように続ける。
そんな臨也こそ、静雄にはおかしく見えた。
ナイフは出さない。からかってこない。
いつもとは違うのだ。

「変な夢、見たんだよ」
「夢?」

臨也が相手なのに、静雄はなぜか話していた。
きっと今日の臨也がいつもと違うからだ、ということにして。
話したところで解決するわけではないのだけれど。

「何も見えない、暗い空間で声だけが聞こえる。聞き覚えがあるのに思い出せねぇ」
「ふぅん、なるほどね……」
「手前に話しても無駄だけどな」
「シズちゃんでも夢見が悪いの気にしたりするんだね」
「うるせぇ!」

臨也はにこりと笑う。作られた笑顔だ。
静雄が眉を顰めると、臨也はわざとらしくため息を吐いた。

「シズちゃん、都市伝説って興味ある?」
「あぁ?」
「都市伝説と親友であるシズちゃんに聞くのは間違いか。このところ、流行ってる都市伝説があってね」
「興味ねぇ。今日は見逃してやるから、とっとと消えろ」
「つれないなぁ」

やれやれ、と首を振ると臨也は一歩、静雄と距離を取った。

「興味が出たら聞きにおいでよ。今回はタダにしといてあげるからさ」
「やっぱ死ね!」
「今日はそんな気分じゃないんだ。じゃあね、シズちゃん」

静雄の拳をさらりと避けると、臨也はそのまま立ち去る。
追い掛けて殴ってやろうかと思った静雄だが、今日は臨也が言ったのと同じように、そんな気分ではなかった。
ため息を一つ吐くと、臨也に背を向けて帰路に就いた。



*****



「目を覚ましてよ」

また、同じ夢だ。
静雄は自分が夢を見ていると自覚していた。
しかし、覚めない。
これは夢なのかと疑うくらい、意識が鮮明だというのに。

「目を、覚まして」

体は動かない。声も出ない。何も見えない。
ただ耳だけが男の声を拾い続ける。

「君の代わりを用意したのに、それでも起きないつもり?」

代わりとは、何のことだろうか。
眠っているというのに、考えることができる。
静雄にとって、妙な感覚だった。
まるで起きているときと変わりがない。

「あと何人必要?それとも、目を覚まさないつもり?」

目覚めない相手に延々と問い続ける。
男の声は何を考えているのか読ませない。
ただただ続く問い掛けを、静雄はぼんやりと聞いていた。

「どうして目を覚まさないの?もう儀式は終わったのに。それとも、俺に対する嫌がらせ?」

どういうことなのか静雄には分からない。
ただ、声の主がひどく悲しそうなことは確かだった。


つづく


'10.08.19 七草


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