淡い夢

「目を覚ましてよ」

遠くで声が聞こえる。
どこかで聞いた覚えがある声なのに、静雄はそれが誰のものなのか分からなかった。
抑揚のない、感情を見せない声。
それでもその声にどこか必死さを感じる。

「聞こえてるんでしょ?ねえ、目を開けてよ」

何度も、何度も声は呼び掛ける。
静雄にはそれが自分に対する呼び掛けなのか、それともまったく関係のない声なのか、理解できない。
それでも、そんなに言うんだから起きてやればいいのに、と思った。

「どうして俺の置いていくの」

声に変化が現れる。
怒っているような、苛立っているような、そんな声になる。

「絶対に、赦さない。俺を置いていく君なんて、嫌いだよ」

これは苛立ちだけではない。
声の主は泣き出しそうなのだろう、と静雄はぼんやり思う。
真っ暗な闇の中、静雄には自分の形さえ確認できない。
声だけが、ただその空間に響く。
苦しそうに、辛そうに、悲しそうに。
その声が誰かの名前を呼んだような気がしたけれど、静雄の意識は一気に浮上する。
目が覚めるんだな、と静雄が認識したところで、意識はぷっつりと途切れた。



*****



「夢、か……?」

鳴り響き続ける目覚ましを止めると、静雄は首を回した。
どうにも不思議な夢を見た。
意識ははっきりしているのに、目の前は真っ暗で何も見えない。
声だけははっきり聞こえているのに、自分からは何も言えない。
しかし、一番不思議なのは静雄がその夢をしっかりと覚えていることかもしれない。
基本的に寝付きのいい静雄は、あまり夢を見ない。
見たとしても、目が覚めたら忘れてしまっていることが多い。

「変な夢だな。つか、あの声……」

声に覚えがある。
けれども誰なのか思い出せない。
どうにもすっきりしない気分のまま、静雄は起き上がった。
不思議な夢を見たところで、朝が来ればいつもと同じような日が始まるのだ。
夢は、あくまでも夢なのだから。


つづく


'10.08.18 七草


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