愛とは何か

目が開く。静雄ははっとして起き上がった。
目の前に広がる光景は、畳の回廊でも社でもなく、新羅のマンションだ。
隣に人の気配を感じ、静雄はそちらを見る。臨也がいた。
臨也はじっと携帯を見つめ、何やら操作している。

「臨也……?」
「おはよう、シズちゃん」

おう、と静雄はどこか拍子抜けした気分で返した。
全て、夢だったのだろうか。
何の解決もしていないような、そんな気がする。

「ゲームオーバーなのか、クリアなのか。シズちゃん、原因不明の昏睡状態に陥ってた人がみんな起きたらしいよ」

ようやく、臨也が静雄の方を見た。その顔はすっきりしたようには見えない。
静雄も同じ気持ちだ。何がなんだか分からない。
ただ、臨也の反応を見ると、あれが単なる夢だとは思えなかった。
二人同時に同じ夢を見るなんて、偶然にしても出来過ぎている。

「何だったんだ?」
「さあね。俺にもよく分からない」
「ただの夢だった、ってことか……?」

静雄は最後に見た人物を思い描きながら、サイケと津軽のことを考えていた。
眠り続ける津軽に、サイケはまた会いたいと願っていた。
サイケの願いは叶った、ということなのだろう。
津軽もそうだ。サイケとの約束を果たせた。
しかし、なぜ自分たちが目覚めたのか、静雄には分からない。
サイケは言っていた。身代わりを差し出して津軽を返してもらおうとした、と。

「津軽が起きたら、代わりになった誰かが眠ったままになるんだと思ってたんだけどな……」
「何だろうね、まったく……。まあ、津軽たちはまた出会えたんだし、めでたしめでたし、ってところかな」
「だけど俺は、サイケのしたことを正しいとは言えない」

サイケのしたことは、決して褒められるものではない。
結果として犠牲はなかったものの、もし津軽が目覚めなかったら、応えた者は目を覚まさなかっただろう。

「分かるけどね、サイケの気持ちもさ」
「……そうかよ」
「だって大切な人なんだよ?何に代えても傍にいてほしい。もし身代わりが可能なら、別のどうでもいい誰かを差し出せばいい。ただ、そんなことは津軽には言えないけどね」
「何でだ?」
「だって、喜ばないでしょ?」

臨也は困ったように笑う。

「シズちゃんと津軽は容姿ももちろん似てるけど、それよりも本質が似てるよ。サイケのことは好きだけど、サイケのやったことは赦されないことだって言ってた」

静雄は津軽とちゃんと会話をしていないから分からないが、臨也の言葉に嘘はないように思えた。
臨也にとって、津軽はどう見えたのだろう。静雄には分からない。解らないままでいい。

「俺とサイケも本質が似てるのかもねぇ……」
「は?」
「多分俺も、大切な人が眠ったまま目覚めなかったら、手段は選ばないからね」

臨也がそんなふうに言うなんて意外だ。
シズちゃんは、と尋ねられて、静雄は驚いて臨也を見た。

「俺は、忘れてほしいかもな」
「へえ?」
「会いたいとは思うかもしれねぇけど、大切なやつ、だから俺のために悪いことはしてほしくねぇ」

それは臨也の予想通りの答えだったのか、臨也はふ、と笑う。
もしかしたら、津軽も同じことを言っていたのかもしれない。
静雄は臨也から視線をずらさない。

「俺はね、シズちゃん。俺たちを呼んだのは津軽でもサイケでもないんじゃないかと思ってるよ」
「は?」
「津軽とサイケは彼らの神に愛されてたんじゃないかな。無神論者の俺だけど、二人のために神様がチャンスを与えたんじゃないか、って考えた方が美しい結論だと思ってね」

静雄だって神がいるとかそんなことは、信じているわけではない。
ただ、そう考えると綺麗にまとまるのは確かだった。
最後に見えたあの祭司の姿は、ひょっとしたら津軽やサイケたちの神だったのかもしれない。

「すべて憶測にしかすぎないけどね。二人の気持ちに神が応えて、それぞれ動き出す要因を呼んだ、なんてまるで御伽噺のようだ」
「いいんじゃねぇの?それで」

静雄が言うと、臨也はパタンと携帯を閉じた。それから、そっと静雄の頬に触れる。
避けてもよかったのだが、静雄は臨也の好きなようにさせた。

「愛って、何なんだろうねぇ」
「……知るか」
「俺はサイケみたいに優しく愛するなんてことはできない。俺だったら、たとえ赦されなくても神になんて渡さない」
「馬鹿か、手前」

静雄が呆れた顔で言うと、臨也はより一層笑みを深くした。
紅い目が、さらに赤みを増して見える。

「ねえ、シズちゃん」
「あぁ?」
「愛してるよ」

臨也の唇が静雄に触れた。


おわり


'10.09.08 七草


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