いつもと違う日

仕事帰りにコンビニでお気に入りのプリンを買い、静雄は機嫌よく帰宅できた。
今日は仕事もスムーズにいき、苛立つ馬鹿な人間とも遭遇しなかった。
臨也とも顔を合わせることなく、めずらしく静雄は暴力とは無縁の一日を過ごせた。
しかし、帰宅してため息を吐く。
ちゃっかり静雄の部屋で寝っ転がっているのは、ただそこにいるだけで静雄の嫌いな暴力をふるわせる張本人だ。

「あ、シズちゃんおかえり。
今日は随分遅かったね」
「何で手前がここにいやがんだ?」
「何でって、シズちゃんに会いに来たんだよ。
今日行くってメールしたじゃない」

静雄は臨也にメールアドレスを教えた覚えはない。
しかし、携帯を確認すると臨也から確かにメールが来ていた。
もちろん、静雄は臨也のメールアドレスなんか知らない。
しかし、静雄の携帯には確かに臨也の連絡先が登録されていた。

「あ、プリンだ。
シズちゃんって本当に甘いの好きだよね。
うちの方においしいお店があったっけなぁ……」
「勝手に触んじゃねぇ!」
「まあ、とりあえずこっち来て座りなよ。
今日も一日仕事だったんでしょ?」

ぽんぽんと、臨也は自分の隣を叩く。
そこに座れと言う意味なのだろうけど、素直に従う静雄ではない。
臨也からプリンを奪い返すと、静雄はテーブルを挟んで反対側に座った。
臨也と顔を見合うなんて、殺し合いのときくらいだろう。
何でもないときに見るのは随分久しい。
思わず静雄が凝視していると、臨也は子供がするみたいに首を傾げた。

「何、シズちゃん、俺に見とれちゃった?」
「あり得ねぇ。気持ち悪ぃ」
「可愛くないな、まったく。
別にいいけどね」

わざとらしく肩を竦めてみせると、臨也は何をするわけでもなく静雄を見る。

――妙な気分だ。

臨也の顔を見ながら、静雄は不思議といつもより苛立たないことに気付いた。
今の状態が常であれば、きっと二人はもっと関わりが薄かっただろう。
理屈をこねず、おとなしくしている臨也なんてめずらしい。
手元にあるものを凶器へと変えずに臨也を見ている静雄もまた、めずらしい。

「……何かあったのか?」

いつもの静雄なら、臨也に対してこんなふうに声を掛けたりしない。
いくつもの出来事を経て、静雄なりに成長しているのだ。
しかし、声を掛けられたことにより、臨也の表情が歪んだ。

「シズちゃん、変わったね」

何の感情もこもっていない声。
静雄は首を傾げた。

「はぁ?」

まったくもって意味が分からない。
どうやら臨也に何かあったらしいことは分かったのだが、何が言いたいのかはさっぱりだ。

「……シズちゃん」
「な、んだよ?」

静雄は思わず狼狽えてしまった。
目の前にいるのは確かに臨也だ。
高校に通っていた頃から因縁があり、何度も普通の人間であれば命が危ないような目に遭わされてきた臨也だ。
それなのに、今ここにいるのは、まったく別人のようだった。

伸ばされた臨也の手に反応できないまま、静雄は黙ってその手を受け入れた。
臨也の指が静雄の頬をなでる。

「い、ざや……?」

あり得ない接触に、静雄はただただ混乱した。

「何だよ手前、どうかし――」
「変わったよね、シズちゃんは。
でもそれは成長なんかじゃない、退化だ。
つまらないよ、シズちゃん。
どうして君はいつも俺の予想を裏切るのかなぁ」

喧嘩を売っているわけでなく、臨也は言葉を紡ぐ。
いつもの静雄なら、この時点でテーブルなり何なりを投げつけているだろう。
しかし、静雄はそうしなかった。
そのことが臨也を苛立たせるとも気付かずに。

「何で俺が居るのに何もしないの?
掴みかかろうとしないの?
そこらにあるものを投げつければいいじゃないか。
ああ、自分のものだからできないのかな?
そんなふうに理性的なシズちゃんなんて気持ち悪くて仕方がないよ
君には暴力くらいしか取り柄がないんじゃないの?
化け物のくせに、随分と人間に感化され――」
「……臨也」

延々と続きそうな臨也の言葉を、静雄が遮った。
名前を呼ばれると、臨也はにこりと笑顔を作った。
本当に意味が分からない。
いつだって分からないが、今日は特に酷い。

「何だってんだよ、手前は!」
「そんなの、俺にだって分からないよ」

臨也はそう言うと、無言で立ち上がる。
静雄は顔を上げてそれを見た。

「帰るのかよ?」
「用は済んだからね」

それだけ言うと、振り返らずに臨也は部屋を出ていった。
何から何までいつもと違う。
静雄はため息を吐くべきなのか、それとも舌打ちをすべきなのか。
しばらく悩んだ後、臨也の後を追って部屋を飛び出した。


おわり


'10.08.12


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