不器用ですから

折原臨也という男は、雲のような存在だ。
臨也のことは誰も掴めない。
気まぐれであり、一方、一途である。
黒幕志向である彼は親しくしてみせた相手でも簡単に貶める。
ただ、臨也の場合、決して憎いからそうするわけではない。
愛しているからこそ、貶めた人間がどう動くのか観察していたいだけだ。
ただし、たった一人の例外を除く。
到底人間とは思えないほど強靱な体を持つ男――平和島静雄だけは。

「本当さ、シズちゃんってデタラメだよね」
「めずらしいね、君が怪我してるなんてさ」

ぶらりと立ち寄った池袋で、臨也はばったり静雄に会った。
そこから始まる殺し合いは、もう随分と前から恒例化していて。
始まりの合図などなしにやり合った。
いつもは適当に静雄の攻撃を避け、さっさと立ち去る臨也なのだが、今日はうっかり静雄の投げたゴミ箱に当たってしまったのだ。
コンビニに置いてあるものだったらまだよかったのだが、公園のゴミ箱であったために結構な傷になった。
懐かしいね、なんて言いながら治療する新羅に、臨也はにこりと笑ってみせる。

「いつもはうまく避けるんだけどね」
「頭を打ってるんだったら病院に行った方がいいけど」
「頭に直撃するほど、馬鹿じゃないよ。
病院になんか行く羽目になったら、実に腹立たしいね」
「まあ、しばらく右手は使えないかもね」

静雄の投げたゴミ箱は、かわし損ねた臨也の右手に当たった。
本当だったら骨が折れてしまってもおかしくはないのだが、臨也が咄嗟に体を捻って右手を逃がしたため、打撲で済んだのだ。
その後はいつもと変わらない。
静雄の攻撃を適当に流し、新羅の住むマンションまで来た。

「で、静雄は無傷なわけ?」
「……何で俺に聞くのさ」
「他に誰に聞くんだい?」
「いい性格してるよ」

包帯を巻き終えると、新羅は何食わぬ顔で臨也に問い掛けた。
臨也とも静雄ともつきあいの長い新羅だからこそ、尋ねることができるのかもしれない。
他の誰かであれば、きっと臨也はあっさりと受け流しただろう。

「無傷なんじゃない?
服を切ったくらいだから」
「ああ、それで――」
「言わなくていいよ、新羅。
何言おうとしてるかくらい、理解してるから」

新羅が何かを言おうとするのを遮ると、臨也はわざとらしくため息を吐いた。
そんな臨也を見ながら、新羅は楽しそうに笑う。

「臨也ってさ、頭良いけど馬鹿だよね。
僕は君のそんなところは悪くないと思うよ。
まあ、普段は人として最低なことを躊躇いもなく、しかも楽しそうにやるけどね。
あ、褒め言葉だからね」
「馬鹿、か……うん、残念ながら反論する材料がないねぇ」
「あ、やっといつもの調子を取り戻してきたね」

臨也が嫌味たらしく笑えば、新羅は殊更楽しそうに笑った。
しかし、それに対して特に反応をしない。
臨也も自覚していたのだ。

「静雄が幽君を大切に思ってることくらい、君だって知ってるはずなのにね。
そうそう、もうすぐ静雄が来るよ」
「はぁ!?」
「今夜はうちで流しそうめんをする予定なんだ。
テレビで見たらセルティがやりたそうにしてたからね。
本当にセルティって可愛いよね。
喜ばせてあげたいから今日はサプライズなんだよ。
ああ……セルティの驚く姿が楽しみだよ」

放っておけば延々と自身の恋人について惚気まくるだろう新羅に、臨也はため息を吐いた。

「もう帰るよ」
「一緒に、って誘いたいところだけど、僕も命は惜しいからね」
「はいはい。じゃあね」

長居は無用だ。
今は右手が使い物にならない以上、静雄と顔を合わせるのは得策ではない。
臨也がさっさと出て行こうとすると、後ろから新羅が声を掛けた。

「ねえ臨也、それって恋なんじゃないのかな」

何の突拍子もない言葉だ。
しかし、臨也には伝わった。
一度舌打ちをすると、振り返らないまま臨也は口を開いた。

「気付いてるよ、そんなこと」

実にくだらない。
臨也が静雄の服を切り裂いたとき、静雄が幽からもらった服が、と言っていなかったら、きっと臨也は怪我なんてしていなかっただろう。
静雄がバーテン服を常に着ている理由くらい、臨也は知っている。
知っていたけれど、それでも一瞬の隙が生まれてしまったのは、

「認めたくないけどね」

臨也自身も半信半疑だった気持ちが原因だ。
確信してしまった今でも、臨也は認めたくなかった。
しかし、認めざるを得ない。
少なくとも、右手が痛む内は。


臨也が出て行った後、残された新羅はため息を吐いた。
呆れたようであり、困ったようでもある。

「……変なところ不器用なんだよねぇ」

ぽつりと呟いた新羅の言葉は、誰の耳にも届かない。


おわり


'10.08.11


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