シナリオライター

首なんて、あってもなくてもどちらでもよかった。ただ、初めて見た彼女は首がなかったから、彼女はそういうものなのだと認識しただけで。
この腕の中にいてくれるなら、首があっても良かった。ただ、その首があることによって、彼女が離れていくことが怖かった。
決して彼女にだけは伝えられない。この気持ちは、一人で抱え続けるもので、きっと誰にも言うべきでないと思っていた。


岸谷新羅。闇医者。学歴なんて大した意味はないし、愛する彼女と傍にいる時間が減ってしまうから、と大学へは進学しなかった。
資格がなくともそこらの医者よりは腕が立つし、闇医者として培ってきた人間関係や経験から今では困ることはない。
ただ一つ、困ることと言えば、中学時代からの友人が彼女の周りで騒がしくしていることだけだ。
あの友人は、決して悪い人間ではないけれど、同時に良い人間であるとも言えない。
彼は彼の思うままに動くし、自ら組み立てた筋道が崩れたとしても、それを楽しむ男だ。そんなところは、不気味なようでいて新羅は好ましいとさえ思っている。
ただ、彼女が関わったときは別としている。釘は刺した。頭の良い彼のことだから、きっと理解しているだろう。

「やあ、新羅。君がここにくるなんてめずらしいじゃないか」
「用がないからね」
「シズちゃんなんか殴りたいってだけで来るけどね。それより、今日は何の用だい?」
「ねえ臨也、今度のシナリオに僕はキャスティングされているかい?」

和やかに進む会話は、中学の頃から変わらない。
臨也はいつだって人を煙に巻くような話し方をするし、新羅だって静雄のように直球ではない。
あえて選んだ言葉は、臨也の笑みを深くさせた。

「残念ながらシナリオを組んだ時点では、キャスティングの予定はなかったよ」

今は、キャストとして配置されているということだろう。新羅はふわりと笑った。

「シナリオを作り上げたのは俺だけど、一度回り始めたら止まらない。カットをかけるのは、俺じゃあないからね」
「そのシナリオで君が手に入れるものはあるのかい?」
「ないよ。何も。何かを得ようとするなら、俺はこんなふうに駒を配置したりはしない」

駒、とは彼が個人的に付き合いをしている、少年たちのことだろうか。それとも、この辺りでは名の知れている、あっちの筋の人たちのことだろうか。
どちらにしても、新羅は知っている。臨也がキャストとして選ぶのは、彼が友人として付き合ってきたごく少数の人物と、どうあがいても得られない、たった一人の男だけだと。

「じゃあ臨也、聞き方を変えようか」

新羅には分かっている。ずっと。彼らを引き合わせたときから。
臨也はただ一人、静雄を得ようとしていくつものシナリオを組む。その結果、闇で生きる人物を表に引き摺り出すことも、彼には興味がない。
ただ一人、彼が化け物と呼んで、ある意味崇拝するように求める相手だけが、彼のシナリオ通りにはならない。

「忠告はしたはずだよ。彼女を巻き込むことだけは許さない、と」
「君の想い人の初期配置が悪かった、それだけさ。巻き込むつもりはなかったよ」

笑った臨也の言葉は、きっと偽りはない。ただ、きっと想定していたはずだ。彼女が巻き込まれるかもしれない、と。
腹立たしいのは、それをどこか理解していながら、彼女を守り切れなかった自分自身だ。新羅はらしくもなく舌打ちをした。

「新羅、俺たちは愛し方が似ていると思わない?」
「冗談はもっと面白く言うものだよ、臨也。僕は君のように愛した人を傷付けたいとは思わない」
「だけど、彼女の求めるものの在り処を知っていながら、遠ざけようとしていたじゃないか。結果としては悪くない。だけど、彼女が別の答えを出していたとしたら、きっと君は俺と同じシナリオを選ぶよ」

そうだろうね、と新羅は笑った。綺麗に。曇りなく。
彼女が自ら新羅のもとを離れていこうとするならば、きっと新羅は臨也のように、たとえ傷付けてでも狡猾に彼女を手に入れる。
けれども彼女は、新羅を選び、新羅の気持ちに応えた。だから、新羅は臨也とは違う。

「愛だなんて大義名分で人を傷付けるのも大概にした方がいい。ねえ、臨也。君は知っているかい?静雄はね、この先何があったとしても、決して君に心を許すことはないよ。だけどおめでとう。きっと静雄は君から目を離すこともない」

そう仕向けたのは臨也で、きっとその点だけは、静雄は彼の思い通りになったのだろう。
眉を寄せ、苛立ちを露わにする臨也が目に入り、新羅は穏やかに笑った。いつもと同じ、表情を浮かべる。

「セルティがどこにいるのか、知っているかい?静雄もそこにいるね?」
「本当、新羅だけは敵に回したくないね」
「それはお互い様だよ。さ、行こう。君のシナリオなんて知ったことじゃないけど、僕とセルティの恋物語ならハッピーエンドじゃなくちゃね」

策なんてないくせに大きく出るね、と臨也は笑う。
いつだって新羅と臨也は、シナリオの外にいる。キャスティングされていたとしても、動き回ることはしない。
それを決して淋しいと思う新羅ではなかったけれど、こうしてフィナーレに向かって走るのも悪くない気分だ。


 さあ、転がり、絡まったシナリオを終結させにいこうか。


12.07.09
12.08.19移動


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