――どうして同じ季節に咲くのに、同じ時に咲けないのかな。
 まだ冷たさの残る土に落とされたのはひとつの疑問と無数の花びら。鮮やかに色づいたそれらは誰かに咎められることなく、抵抗することもなくはらはらと落ちていく。
 残されるはその疑問と、それを抱いたひとつの化身。まだ肌寒い中、凛と咲き誇る一本の河津桜とその化身であるサイケは、小さく息を吐き出した。
――咲かない。まだ。待っているのに。
 彼の待ち人は、土を挟んで向こう側にいる。けれどもまだ、眠ったまま目覚めない。八重桜の化身であるデリックは、まだ咲くときを待ったまま。
 ふたつの化身は、原種をたどればひとつだけれど、同じではない。同じにはなれない。
――早く起きてよ。
 その願いが届かないと知りながら、サイケは願う。デリックの眠る顔を見つめながら。
 その想いが叶わないと知りながら、サイケは祈る。その目がいつか、自身を映す夢を見て。

 デリックの目蓋がわずかに揺れる。サイケの表情は一転して明るくなった。けれどもサイケが眠るときが訪れてしまった。
 眠ったままのデリックを見つめ、サイケははらはらと涙をこぼす。
――また、今年もだめだった。
 最後の涙がこぼれ落ちたとき、サイケはそっと目蓋を閉じる。デリックの目覚める気配は、まだない。
――あいたいなぁ。
 サイケの切なる願いは花びらと共に風にさらわれ、叶えられることなく空へと溶けた。


***


――散ったか。
 もう花ではなく葉をつけた河津桜。仄かに暖かさを交えた土に、その名残はない。かぜが、もしくは人が拐っていってしまった。
 残されるは、艶やかに咲き乱れる八重桜とその化身であるデリック。似た色を持ちながら、デリックがサイケに会うことは叶わない。
――また、会えなかったな。
 その目は固く閉ざされ、深い眠りに沈んでいるようだ。
 デリックはいつもそんなサイケしか見たことがない。どんな顔をするのかさえ、知らない。お互い様なのだけれど。
 近くにその身を預けながら、見つめ合うことは叶わない。それでもデリックはサイケを知っているし、サイケもデリックを知っている。
――いっそ知らない方がよかったのか。
 そっと視線を落とす。土にはデリック自身のこぼした欠片たちがある。風に揺られ、あちらこちらへと散っていく。
 もしもその欠片を重ねることができたなら、それは幸せなことなのだろうか。デリックは知らない。
 もしも咲き誇るその姿を見ることができたなら、それで満たされるのだろうか。デリックは分からない。
 それでも会いたくて。でも会えない。同じときを刻んでいるのに。
――来年は、見れるといいな。
 ひとひらの涙とその願いをこぼし、デリックはひとりで立っている。春はまだ、終わらない。



*****



 薄紅色の舞う中、臨也は静雄をそっと見つめる。こんなお伽噺を最後まで黙って聞くだなんて、随分とらしくない。
 とはいえ今日は折角の花見に来ているのだから、無為にその期限を損ねるような発言は控えた。もっとも、臨也はそうした自分の言葉に憤慨する静雄を見るのも、実のところ結構気に入っているのだけれど。
「どう?歌になって伝えられたとかなんとか、って話だけど」
「どうもこうもねぇよ」
「花より団子、ってところ?」
 あまりにもらしい反応に、臨也は思わず笑った。
 二人の上で咲く桜は、河津桜でも八重桜でもない。一般でよく知られているソメイヨシノだ。河津桜はもう散ってしまったし、八重桜はまだ咲かない。
「シズちゃんだったら待つ?」
「はぁ?」
「俺は待つよ。異常気象でも起これば、もしかしたら同じときに咲けるかもしれないしね」
 肩を竦めて臨也が言えば、静雄は眉を寄せる。返答を期待したわけではないが、そのつれない態度に臨也は息をひとつこぼした。
 こうして二人で花見に来たのは、臨也の思い付きだった。どうせなら誰も臨也と静雄を知らない場所に行こうと、そう思って。
「んなの、押し花かなんかにすりゃいいんじゃねぇのか?」
「なるほど、シズちゃんはそう来るのか」
「……悪いかよ」
「いや、シズちゃんらしいかもね」
 リアリストなのかロマンチストなのか分からない。けれども静雄の言葉は、確かにふたつの欠片を出会わせる方法なのかもしれない。
「お団子買って帰ろうか」
「手前の奢りな」
「はいはい」


おわり


12.03.20


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