For you...

0時きっかりに携帯電話が鳴る。見ればメールの着信で、静雄は思わず眉を顰めた。
発信者は携帯に登録されていないアドレスからで、しかし件名は誕生日おめでとう、とどこか親しみを感じさせるものだった。
誰だ、と思ってメールを開けば、件名と同じく誕生日を祝う言葉が書かれているばかりで、誰からなのかは明記されていない。
そもそも静雄のメールアドレスは弟である幽に設定してもらい、教えているのは新羅やセルティ、トムなど静雄の信頼できる相手だけのはずだ。時折迷惑メールが来ることはあっても、こんなふうに誰か分からない相手からのメールなんて受け取ったことがなかった。
誰だか分からない。けれども静雄は、一人だけこうして教えてもいないのにメールを送りつけてくる相手を知っていた。

「……ねぇよ」

パタン、と携帯を閉じる。もし、静雄の想像通りの相手だったとしたら、携帯を閉じるのとは逆の方向に曲げてしまうほどの苛立たしいメールを送ってくるはずだ。
何しろあいつは、いつだって静雄を陥れることばかりで世界中で一番静雄を苛立たせるのが得意な男だ。死んでよ、と言われることだってある。逆に、死ねばいい、静雄だって何度もそう思って、死ぬような目に遭わせているのだけれど。
あの男――臨也とはもうかれこれ付き合いも長いのだけれど、一度だって静雄は誕生日を教えたことなどなかった。もっとも、あれは情報屋という奇異な職業についているから、教えなくても知っているのだろうけれど。
誕生日おめでとう、だなんて臨也が言うはずがない。静雄はそう思ってため息を吐いた。



そうこうしている間に携帯が鳴り、誕生日おめでとうというメールが何通も届く。新羅は暇だったらケーキがあるからおいで、と誘いのメールで、セルティからはこんなケーキを買ったんだぞ、と写真の添付があった。
もう誕生日だどうの、と喜ぶ年ではないけれど、少しばかり心が弾む。
そうして最初のメールを忘れかけていたのだが、ふと思い当たって静雄は返事を送ることにした。
書かれた文字はたったの二文字。それだけ送信すると、静雄は満足そうに口元に笑みを浮かべた。
もしも相手が見当違いの人物だったとしても、静雄には関係ない。親しい人は皆アドレスを知っているのだから、登録されていないということは親しくもない間柄ということになる。
受け取った方はショッキングなメールになるだろうと思いながらも、静雄はどうしてもあの男に一泡吹かせてやりたいと思ったのだ。
メールを送信してから一分も経たないうちに、携帯が今度は着信を告げる。表示されるのは登録されていない番号で、おそらく相手は臨也だろう。
静雄は一息吐くと、ピッ、と電話を切る。するとしつこくまた着信が入った。

「んだよ、死ね」
『電話に出て一番がそれ?ちょっと物騒すぎない?』

電話口から聞こえる声に、いつもなら苛立つはずが静雄は自然と次の言葉を紡いでいた。

「悪戯電話に取り合う趣味はねぇんだよ」
『うわぁ、ひどいなシズちゃん。相手が俺って分かってたんでしょ?』

臨也相手にまともに会話が成り立つのは、一体いつ振りだろうか。会えば殺し合い、話せば罵詈雑言、と思えば一度たりとも一般的なコミュニケーションを取ったことがない。
もっとも、それは静雄の短気が原因であったり、臨也の言動が原因であったりするのだけれど。
こうして臨也を相手にしながらも、静雄は自然と穏やかな気持ちでいた。誕生日だからかもしれない。みんなからの祝いのメールが静雄の心を落ち着かせているのかもしれなかった。

『メールだって俺だって分かったからあんなの送りつけてきたんだろう?本当、シズちゃんって野蛮だよね』
「教えてもいねぇのにメール送ってくんじゃねぇよ、死ね」
『まったく、人が折角気まぐれに誕生日祝ってやろうと思ったのにさ』

恩着せがましく言う臨也に、静雄はどうにもこの男の思考回路はおかしいようだと、どこか冷静に考えていた。

「手前にだけは祝われたくねぇよ」
『だろうね。だからこそ、誕生日おめでとうシズちゃん』

悪趣味なやつだ、と静雄は隠しもせずに舌打ちをした。お互い様なのだろうけれど、昔から本当に臨也はよく静雄の嫌がるだろうことをする。それは話し方もまた然りだ。
遠まわしで分かりにくい言葉ばかりを選び、いつだって駆け引きじみたやり取りばかりを選ぶのだ、折原臨也という男は。根本が静雄とは異なる。静雄はそんな言葉ばかりが先立つ人間なんて信用できないと思うし、人を利用する臨也のやり方はいっそ嫌悪を抱く。
だからこそ昔から合わなかった。間に新羅がいなければ、おそらく関わることすらなかったかもしれないのだけれど。

『シズちゃんももういい年なんだからさ、落ち着いたらどう?どこそこ構わず標識引っこ抜くなんて、大人のすることじゃないよ。まあ、シズちゃんぐらいしかやらないだろうけど』
「うるせぇ、ノミ蟲。嫌がらせすんなら他所でやれ」
『やだなぁ、シズちゃんが相手じゃなきゃ意味ない』

本当に嫌な野郎だ。思って静雄は手短にあったクッションを玄関に投げつけた。ぼふんとあまり威力もなくクッションはドアにブチ当たって落ちる。
このクッションは静雄のものではない。そもそも、たった今存在に気付いたものだ。
身に覚えのないクッションに、先程から感じる気配。送り主は臨也に違いない。

「いつまでんな寒いとこにいるつもりだよ」
「『なんだ、バレてたのか』」

携帯と玄関、両方から同じ言葉が響く。見れば、臨也が立っていた。

「勝手に人んちに上がり込んでんじゃねぇよ」
「招待してくれたんじゃないの?まあ、勝手にするけどね」

人の好く、けれども静雄の嫌う笑みを臨也は浮かべる。作り物の笑顔で、相手に思考を読ませないものでもある。
どういうつもりだと静雄が睨めば、今度は困ったような顔で笑った。

「俺にもよく分からない」
「はぁ?」
「気付いたらもう足がここに向いてたんだ」

手触りのよいクッションを拾い上げて、臨也はく、と口角を上げた。

「ああ、でもクッションとメールは嫌がるだろうなって思ったからしたんだけどね」

わざわざプレゼントを用意して、ご丁寧に0時きっかりにバースデーメールを送る。嫌がらせにしては手が込んでいるし、どちらかといえば一般的にはそれらは嫌がらせの部類には入らない。
けれども臨也は、これが何よりも静雄に効くだろうと思ったのだろう。頭が良いようでいて、実は馬鹿なのかもしれない。そう思ったら何だかおかしくて、静雄は思わず笑ってしまった。
高校の頃から殺し合いを続けている相手なのに、どうして誕生日だという理由だけでこうして手出しをせずにいられるのか、実際のところ静雄にはよく分からない。きっと臨也にも分からないだろう。
本当に、昔から無駄なことに労力を使う男だ。

「はい、あげる。シズちゃんの誕生日だから、大嫌いな俺の好きな黒いカバーのクッションだよ。嬉しいだろう?」

嬉しいだなんて、思ってやる必要なんてどこにもないのに。それでも静雄は嬉しかった。少なくとも、目の前で引き裂いてやりたいと思わない程度には。
それでも差し出されたクッションを、眉を寄せながら受け取れば、臨也はふと笑った。それがやたらと気に入らなくて、静雄は舌打ちする。

「……しね」
「どういたしまして」

礼なんて言っていないのに、そう言って満足そうにする臨也は、静雄にとって初めての姿である。いつもなら何かしら投げつけるか殴りつけるかするのだけれど、今手元にあるのは受け取ったばかりのクッションで、ふかふかしたこれを投げつけても、きっと痛くも何ともないだろう。

「ハッピーバースデー、シズちゃん。良い夢を」

静雄が悶々と考えている間に、臨也はそう言ってさっさと出ていってしまった。
結局臨也が何をしたいのか静雄にはよく分からないけれど、今日だけは勘弁してやると貰ったクッションをぽふぽふと叩いてみた。


おわり


12.01.28


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