風邪引き日和

頭が痛くて熱っぽい。少々視界が揺らぐのは、おそらく熱のせいだろう。
日頃、あまり病気には縁遠い臨也だが、この季節の変わり目にやられてしまったらしい。
困ったことに頼りにしている助手には拒否され、妹たちには弱みを見せたくない。
となると、頼れる相手は一人だった。
正式に医師免許を持っていないけれど、そこらの医者よりずっと腕のいい闇医者――岸谷新羅。
臨也と新羅は中学時代からの友人だった。
臨也にとって、友人と呼べるのはもしかしたら新羅だけかもしれない。

「ねえ新羅、これって絶対に重病だと思うんだ。夜中に咳は止まらないし、なんかふらふらするし」
「風邪だね」
「なんていうのか、今ならシズちゃんでもいいから傍にいてほしい気分なんだ。異常だと思うだろう?」
「ていうかそれは君の本心じゃないの?」

噛み合っているようでまったくかみ合わない。
支離滅裂なことを言っているのは臨也の方で、新羅は至っていつもと変わらない。
にこやかに笑って新羅が取り出したのは、一本の注射器だった。

「新羅、一応聞くけど、それは?」
「薬だよ。風邪のね。臨也みたいな生活習慣のよく分からない職業の人間には、風邪薬を飲むよりも注射を打った方が早いからね」
「いや、俺は普通に薬でいいよ!注射は嫌だ!」

新羅のことは信頼している。その腕も、ある意味まっすぐに歪んでいる人柄も。
熱が上がっているせいなのか、臨也自身良く分からないけれど、注射は嫌だった。
新羅の言うように効率がいいのだと、常であれば理解できる。けれども、今はまともな判断ができないようだった。

「注射をされるくらいなら死を選ぶよ!死は全ての人に平等だ。その先には天国も地獄も何もない。無だ」
「うん、そういう理論はどうでもいいから。ほら、早く腕出して」
「シズちゃんよりも乱暴ってどうなの?」

まるで駄々っ子のように嫌がる臨也を、新羅は呆れたようにため息を吐いた。
そもそも、風邪をひいたと頼ってきたくせに、治療を断るとは何事だ、と。

「それとも何かな、臨也は座薬の方がよかった?」
「ざ、やく……?」
「注射は嫌なんだろう?」

新羅の眼鏡が怪しく光る。臨也の脳内で警鐘が鳴り響いた。
もうすぐ夕方だ。新羅が愛してやまない恋人が帰ってくる時間でもある。
厄介事は恋人が帰ってくる前に済ませたいのだろう。

「ほら、臨也。今なら選ばせてあげるよ」
「や、いやだ!どっちも嫌だ!」

興奮してますます熱が上がっているのか、逃げようと立ち上がった瞬間、ふらりと臨也の体が傾いた。

「何やってんだ?お前ら」

そんな臨也を支えたのは、あろうことか、彼の天敵でもある静雄だった。
支えられ、そのままバックドロップやら何やらを食らわなかったのは、幸いだ。
熱で判断力の落ちている臨也には、静雄が救世主のように見えた。
普段殺すだの何だのとやり合っている相手であるはずの静雄に、本能の赴くままに抱き着いた。

「シズちゃん!!」
「はぁ?な、なんだよ!」

そのまま死ねと言って殴らなかった辺り、静雄も混乱しているらしい。
臨也は救世主、もとい静雄の肩口に顔を埋めると、ほっと熱っぽい息を吐いた。

「おい、ノミ蟲?」
「シズちゃん、だ……」
「おい?何なんだ?おい、ノミ蟲!臨也!!」

ふっと臨也の意識が遠のく。静雄の呼ぶ声が聞こえていたけれど、応えるだけの力はなかった。

「限界だったみたいだね」
「何だって言うんだ?」
「診察させてくれなかったけど、多分風邪じゃないかな。測ってみないと分からないけど、熱も相当上がってるっぽいね」

赤い顔をして、苦しそうに荒い呼吸の臨也を診て新羅はざっと病状を推測する。
元よりきちんと診るつもりだったのだが、予想外に熱で判断力の欠けた臨也は、それさえもさせてくれなかったのだ。

「ふーん……こいつでも、風邪とか引くんだな」
「人間だからね。ついでだからそのまま臨也運んじゃってくれる?」
「ったく、しょうがねぇな」

ぶつくさ言いながらも、静雄は臨也をソファに寝かす。ひょい、と顔を覗き込んでいる辺り、実は心配しているのかもしれない。
そう思うと、新羅は思わず表情を緩めた。

「大丈夫だよ、静雄。すぐによくなるだろうから」
「別に心配なんざしちゃいねぇよ!」
「そう?」

まったくもって素直でない。臨也も臨也なら、静雄も静雄だ。
思わずと言った様子で臨也を見つめる静雄の姿に、新羅は気付かれないように笑った。


おわり


風邪引き駄々っ子臨也なんて書いてみたり。
相思相愛だけど、相死相哀な臨也とシズちゃんが大好きです。


11.10.07


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