独占欲

「どういうことなの?」

ひどく冷めた臨也の声が、新羅のマンションに響く。
いつものような余裕の笑みはそこにはなく、冷たく無機質な表情だ。
めずらしいな、と新羅は思った。
折原臨也という男は、何事にも飄々としていて、こんなふうにあからさまな態度をとるような男ではない。

「事情はよく分からないんだけどね、どうやらよろしくない方面の人に絡まれたみたいだ」
「ふーん?」
「まあ、静雄だから。今は眠ってるけどすぐに目を覚ますんじゃないかな」
「何されたの?」

怒っているのだと、臨也から醸し出す雰囲気が物語っている。
臨也は普段、静雄を殺したいだの、死んでほしいだのと言うくせに、その実、自分以外の理由で静雄が傷付くことを嫌っている。
とんだ独占欲だ、と新羅は内心呆れるが、それでもある意味純粋でまっすぐな欲のようにも思える。
新羅のように、手の内にいなくては気が済まない、そんな独占欲とも違う。

「足に一発、腕に一発、肩に一発、あと背中に三発。撃たれたみたいだよ。それも、後ろからね。ああ、でも背中以外のは掠ったくらいで、背中のも貫通してるから静雄のことだから、そう大事には至らないと思うよ」
「バカだよね、シズちゃんは。ナイフは刺さらないくせに、銃弾は貫通するんだ」

感心したような、呆れたような。
おおよそ新羅の知る臨也では考えられないような声で、吐き捨てるように臨也は呟いた。
そのうち、銃弾も効かなくなるんじゃないかな、という新羅の見解は、今の臨也には言う必要がないだろう。

「見ていくかい?」
「必要ないよ」
「そう?」

静雄の様子を聞いてくるくせに、姿を見ることを拒む。
それも独占欲がさせるのだろうか、と新羅は考えたけれど、臨也のことなんていくら考えてもきっと分からない。
新羅は昔、臨也と自分が似ていると思ったことがあった。
確固たる自分があって、周囲の中に居ても決して流されることはない。
けれども、愛情表現はまるで逆だ。
新羅はセルティを愛している。
できることなら、真綿で包むように何もかもから守りたいと願っている。
臨也はきっと、静雄を愛している。
けれども臨也は、他の誰でもなく自分自身で静雄を傷付けたいと願っている。
だから新羅には臨也の愛情が理解できない。きっとそれは、静雄も同じだろう。

「もう行くの?」
「用は済んだからね」

じゃあね、といつもどおり軽い口振りで出ていく臨也を、新羅は黙って見送った。
いつもの様子であれば、からかう意味も込めて何かしら声をかけるのだが、今日の臨也には少々余裕が足りなさすぎる。

「血を見ることになる、かなぁ」

のんびりとした新羅の声が部屋に響く。
扉の向こうから静雄が出てくる気配はまだなかった。


****


翌日、新羅は世話になったと出ていく静雄を見送った。
送っていくというセルティと共にバイクに乗る静雄を見て、新羅は少し考え込んだ。
何事もなければいいのだが、どうにも臨也の態度が気になる。

「静雄、臨也のことなんだけど」
「あ゙ぁ?」

名前を出すだけで過剰反応して眉を顰める静雄を見て、新羅は困ったように笑う。
臨也のやり方では静雄には伝わらない。
けれども、静雄の中で折原臨也という存在を刻みこむことには、成功しているのかもしれなかった。

「あれでも心配しているみたいだから、今度会ったら元気な姿を見せてあげなよ」
「あのノミ蟲が心配だぁ?んなつまらねぇことするようなやつじゃねぇだろ」
「静雄の中ではそういう認識なんだね?」
「あいつが俺の心配なんかするわけねぇだろ」

そうだね、と新羅はそれ以上何も語らなかった。
出ていく二人の背を見送っていると、白衣のポケットに入れっ放しになっていた携帯電話が震えた。

「はい、どうしました?」
『どうもうちの若いもんがひどい目に遭ったようでして』
「急患ですか」
『ええ、まあ。お願いできますか?』
「そうですね……彼らが昨日、池袋に居なかったという証拠があれば、引き受けましょう」

電話の相手が黙り込む。どうやら、静雄の件と関係がありそうだ。
それ以前に、その“ひどい目”とやらが臨也の手によるものかもしれない。
相手の返事を待つ。しかし、一向にない。
新羅はため息を一つ吐くと、いつもと変わらない明るい声を出した。

「申し訳ありません。旧友を傷付けたような方にまともに治療が施せるほど、私も人間ができていないもので」

丁重に断りを入れる。
相手は分かりました、と返事を残して通話を終わらせた。

「馬鹿だなぁ、臨也は」

携帯を再びしまうと、新羅は困ったように声を漏らす。
本当に、馬鹿だ。
誰よりも傷付けたくて、誰よりも独占していたくて。それなのに、その曲がった愛情はちっとも静雄には届いていない。
あまりにも不器用すぎる友人を思って、新羅は今回だけ特別に、臨也のしただろうことを静雄に教えてあげようかと口元を緩めた。
おそらく静雄は、戸惑うだけで喜びはしないのだろうけれど。


おわり


なんとなく、急にシズちゃんを傷付けた相手に報復する臨也が見たかったんです。
新羅視点好きです!


11.09.28


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