変革期

「やあシズちゃん、今日はいい天気だね」

ふらりとやってきた臨也に、静雄は眉を顰める。
それから、手元にあった道路標識を掴む。

「なぁんで手前がここにいやがるんだ?いーざーやー君よぉ」
「何でって、シズちゃんに会いに来たに決まってるじゃないか。
そうでもなければ、わざわざ君の前に顔を見せるわけないよね。
面倒なことになるだけなんだし」
「あぁ?」

臨也はにっこり笑う。
一見、何の嫌味もなさそうな爽やかな笑みだが、それは作られた表情だ。
臨也の本性を知っている静雄には、一切通用しない。
もちろん、臨也もそれを分かっている。
分かっていて、あえてそうしたのだ。
静雄は臨也を睨みつけると、手にしていた標識を臨也に向かって投げつけた。

「今度は何だ?
いや、答えなくていい……答えなくていいぞ。
聞いても意味ねぇしな。
とりあえず殺す、ぶっ殺す!」
「つれないなぁ。
今日は喧嘩をしにきたわけじゃ、ないんだけど」
「関係ねぇ!
いつも言ってんだろうが!
池袋に来んなってよぉ!」

臨也の方もナイフを取り出すと、応戦の態度を見せた。
一瞬静まりかえると、近くにいた通行人たちは、慌てて二人から逃げ始めた。

この二人の喧嘩は、以前は日常茶飯事だった。
顔を合わせればいつでもそこは戦場と化す。
この町に住む者なら、二人が顔を合わせた時点でその場を後にする。
臨也が新宿に移ってからは減っていたが、それでも今も変わらない。
ただ、今の方がずっと、危険度は増しているかもしれなかった。


「殺す殺す殺す殺す……ぶっ殺す!」
「シーズちゃん、そういうつまらない言葉を連呼するあたり、君って本当に単細胞だよねぇ」
「黙れ!黙って死ねっ!」
「長生きする気満々の俺が、死ねって言われて死ぬわけないでしょ。
本当、シズちゃんっておかしなこと言うよね」

静雄はガードレールを引きはがし、躊躇うことなく振り回す。
しかし、臨也がうまいことかわすせいでちっとも当たらない。
ますます静雄の怒りは募り、ガードレールを臨也に向かって投げつけると、近くにあった自販機を持ち上げた。
静雄と違い、臨也は性格に問題はあれど、普通の人間だ。
当たればただではすまない。
それを分かっていて、静雄は臨也に向かって自販機を投げつけた。

「遅いよ」

あっさりとそれをかわすと、臨也は静雄の目の前に立った。

「あのさ、シズちゃん」
「殺す!」
「返事みたいに……まあいいや」

殺気立ち、すぐにでも拳を繰り出そうとしてくる静雄に対し、臨也は表情がないまま見つめた。
伊達に長年やり合っているわけではない。
静雄が殴りつける前に、臨也は一歩距離を取る。

「好きだよ」

まっすぐと臨也は静雄を見つめる。
その目には冗談なんてものはなく、真剣で。
そんな深い赤色をした目で見つめられた静雄は、目を見開いた。

「……はい?」

たっぷりと間を空けて静雄の口から出たのは、何とも間抜けな音だった。
それでも、臨也は真剣な顔をしたまま、表情を崩さない。

「好きみたいなんだよね、シズちゃんのこと」
「え?なん……は?」

真顔で言われてしまえば、殴りつけようにも悩む。
それだけ、臨也はいつもと違う。
ただ、その言葉通りを信じられるほど、二人の関係は優しくない。
今だって、臨也の手にあるナイフは、静雄の方に切っ先が向いている。

「……あー、なんだ。
とりあえず、ナイフ向けて言う言葉じゃ、ねぇよな」

完全に戦意を殺がれた。
静雄がそう言うと、臨也は今気付いた、と言わんばかりに瞬きをし、ナイフをしまった。

「これならいい?」

臨也はにこりと笑う。
少しばかり、圧力を込めて。
いつもだったらそんなものなんてことないように掴みかかる静雄だが、今は不思議とそんな気分にはならなかった。
分からなくなったのだ。
折原臨也と言う人間は、静雄の存在を嫌悪し、死ねばいいと思っていたはずだ。
実際、これまで幾度となく静雄を葬るための策略を練ってきた。
それが、何をどうしたのか、突然好きだと言うなんてどうかしている。
新羅に頼んで診てもらった方がいいのでは、と静雄は考えてしまう。

「まあ、今日はそれだけ言いに来たんだ」
「は?」
「じゃあシズちゃん、またね」

くるりと踵を返すと、臨也はスタスタと何事もなかったかのように歩き去る。
いつもは追い掛けるなり、自販機を投げるなりをする静雄だが、今日ばかりは動けずにいた。
あの臨也が、わけの分からないことを言うせいだ。

「は?あ?」

一人残された静雄は、混乱したまま臨也の背中を見送る。

「マジ、か……?」

確かに今、何かが、変わった。


おわり


'10.08.10


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