愛という言葉の意味

ガードレールに腰をかけ、静雄は何をすることなく、ただぼうっと前を眺めていた。
思いつき、愛って何?心の中で自分に問う。答えは、ない。
愛は形のないものだから、言葉では表しきれない。
もし、表すことができたとしても、それはほんの一部だろう。
あの男にとっての愛がどんなものかを静雄は知らないが、歪んでいるだろうことは想像できる。
ふ、と息を吐く。もうすっかり寒くなってきたけれど、息は白くならなかった。
今のこの時期が、静雄は好きだった。
街をいく人々も、木々も、街も、色づき始めていく。
静雄はまた、息を吐いた。白くはならない。
もっと寒くなったら、きっと今の格好では風邪を引いてしまうかもしれない。と、そこまで考えて静雄はおかしくなった。自分が、風邪なんか引くだろうか、と。
あの男は静雄を化け物だという。腹立たしいけれど、否定はできない。
だって、誰よりも静雄が一番、“平和島静雄”という化け物を嫌っているのだから。

「コートくらい着たらいいのに」

気がつくと、目の前には黒いコートの男が立っていた。視界が遮られ、静雄はわずかに眉を顰める。

「風邪引くよ?」

おかしな質問をする男だ。
静雄は顔を上げ、まじまじと臨也を見つめる。
そういう手前は、夏でも暑苦しい格好をしているだろ。そう思ったけれど、言葉が出なかった。
じわり、と体温が上がった気がした。

「シズちゃん?まさか風邪引いたとか言わないよね?」
「ん、ああ……」

ようやく出た声は、言葉ではなく、ただの音だった。
臨也が前にいるのに、不思議と苛立つことがない。静雄はそんな自分がおかしくて、小さく笑う。
そっと、臨也の手が静雄の髪に触れる。まるで壊れ物でも扱うように、優しく。
その間、静雄はおとなしくしていた。臨也が余計な言葉を発さないから、静雄も余計な行動は起こさなかった。

「……冷たい。風邪を引くよ?」

白く、細い指が頬をなでる。くすぐったくて、静雄は身を捩った。
こんな生温い接触は久しぶりだ。気持ちが落ち着く。
静雄はじっと臨也の目を見つめた。
この目は、静雄を裏切らない。

「寒い。臨也、コートよこせ」
「なんなら買ってあげようか?」
「いらねぇよ」

臨也は静雄の言ったとおり、コートを脱ぐと静雄の肩に掛けた。
身長差はあるけれど、静雄の華奢な体を黒いコートが包む。臨也のにおいがした。
寒さが紛れる。臨也の体温が残っていて、暖かかった。

「あったか……」
「おかげで今度は俺が寒くなったよ。シズちゃん、責任取って暖めてよ」

薄いシャツ一枚になった臨也が笑う。す、と伸びた細い腕が、静雄の背を力強く抱き締めた。
道を行く人々の目が、臨也と静雄に向かう。人前で男同士が抱き合えば、無理もない。
熱い。内側から。じわりと徐々に体中へ広がる。
静雄はかっと顔を熱くさせ、ほんの少しだけ抵抗した。

「おい、臨也!離せ……!」
「寒いんだから仕方ないよね」

臨也が穏やかな声で言う。
落ち着いた響きだと、静雄は内心思って舌打ちをした。
これは、愛なのだろうか。心地良い体温に包まれて、静雄は、すん、とにおいをかぐ。
言葉にはならないけれど、確かに何かを感じた。


おわり


'10.10.29


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