並行関係

目の前を通り過ぎる車を見つめ、静雄は深くため息を吐いた。
待っているつもりはない。しかし、心のどこかで期待している。
風が冷たくなり始め、街にはコートを着た人々が行き交うようになった。
黒い、そしてファーのついたコートを切る人間は、何もあの男だけではない。
それでも、すれ違うたびに見てしまう。
期待している、のかもしれなかった。忌々しい。

「よう、静雄」

聞き慣れた声に顔を向けると、そこには京平が立っていた。
あの男とは違う、自然な笑みを浮かべている。

「……門田か」

出た声は、僅かに掠れていた。
落胆したわけではないし、そうだとしたら京平に失礼だ。
心の内なんて探ろうとする京平ではないが、静雄は内心悪いと思った。

「仕事帰りか?」
「ああ、そっちは?」
「今から帰るところだ」

京平が一人でいるのはめずらしいかもしれない。
静雄は京平がいつも誰かと一緒にいる、と知っていた。羨ましい、と思う。
同窓生でありながら、京平は自分とも新羅とも、あの男とも違う。静雄はそう考えて、舌打ちをした。
嫌いで殺したい相手で、これまで何度も常人であれば死ぬような目に遭ってきた。
それでも、静雄はいつもどこかであの男を探す。

「じゃあな」
「おう」

挨拶だけ交わし、京平は街の喧噪に戻っていく。
それを見送りながら、静雄は小さく息を吐いた。
自分から会話を広げるのは、あまり得意ではない。
何を話せばいいのか分からないというわけではなく、必要だと思うことを話すからかもしれない。
親友であるセルティには、余計なことも話してしまうけれど。
イルミネーションの点灯するサンシャイン通りを見る。そこにあの男はいない。
安堵したのか、落胆したのか。静雄はため息を吐いた。
まったく、実に忌々しい。




ため息を吐いた静雄が歩き去る。
それを臨也は少し離れたところから見ていた。

「馬鹿なシズちゃん」

黒いコートとすれ違うたび、静雄の目はコートを追う。
まるで自分を探しているみたいで、臨也は少し、機嫌がよくなった。満足感で満たされている。
臨也の知る静雄は、何も暴力的な一面だけではない。
本当は、ひどく人間じみていることを、臨也はよく知っている。
8年だ。殺し合いを初めて、もう8年も経つ。
二人の立場は変わったけれど、お互いの中での位置は変わっていない。

「本当、シズちゃんは馬鹿だね……」

誰よりも憎くて、でも求めてやまない。臨也にとって、静雄はそういう存在だ。
想いを言葉に変換しようとしても、良い言葉が見つからない。
どうでもいい相手ならば、いくらでも紡ぐことのできる言葉は、静雄の前では出てきてくれないのだ。
たとえ出たとしても、静雄には届かないのだろうけれど。

――君ってさ、素直じゃないよね。

高校時代、新羅に言われた言葉が臨也の脳裏に蘇る。
ああ、そうだ。あのときはなんて答えたのか忘れたが、その通りだ。
静雄の前では素直になんてなれない。
かっこつけたいと言うわけではないけれど、素直になったら負けを認めたような気分になり、悔しいのだ。
どうせなら、静雄に言わせたい。好きだ、と。お前だけがほしい、と。
もちろん、静雄が臨也にそんなことを言うはずがない。静雄も大概、素直ではないのだから。

「……シズちゃん」

静雄が臨也をどう思っているのか、臨也は知っている。きっと、臨也が想いを言葉にすれば、二人の関係は色を変える。
だけど、臨也はどこか怖いのだ。今の関係が、8年かけて築いたこの関係が、呆気なく変わってしまうことが。
不意に静雄が振り向き、その目が臨也を捕らえた。
この気持ちは何だろう。
臨也はにこりと笑うと、静雄に手を振ってから、反対方向に逃げ出した。

「臨也ぁああああああ!」

変わりたいと思わないわけじゃない。それはきっと、お互い様なのだろう。
今はまだ、冷たくて温い、この関係を続けていたい。
冷たい風の吹く街を、二人の男が走り抜けていく。


おわり


'10.10.27


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