愛を売る仕事
※ホストパロ
嫌いな相手だ。放っておけばいい。
土砂降りの雨の中、酔い潰れているのか電柱にもたれかかって座り込んでいる臨也を見て、静雄は舌打ちをした。
臨也は静雄の勤めるバーの隣で働いているホストだ。
クラブナンバー1らしい臨也の名前は、静雄もよく知っている。
臨也と静雄は、高校のときの同級生だったのだ。
「……おい」
「んん、んー……」
とりあえず、放っておくのもどうかと思い、静雄は声を掛ける。
臨也はくてん、と反対側にもたれるだけで、起きる気配はない。
このまま放っておいて臨也が風邪を引いたとしても、静雄の良心は痛まない。
だが、店のすぐ外で死なれたら迷惑だ。
「起きろ、おい!」
「ん、あれ……シズちゃん……?」
ぼんやりとした目に静雄が映る。
酒臭い。酔っているのだろう。
「あはははははは……シズちゃんだ」
「手前……」
臨也は笑い続けている。そうして、べしゃりと倒れ込んだ。
このまま打ち捨てても構わない。
しかし、静雄は元来、情に厚い男だ。たとえ相手が嫌いな男であろうとも。
「しょうがねぇなぁ……」
静雄は臨也を肩に担ぎ上げると、自宅へと足を向けた。
帰宅すると、静雄は丁寧にも臨也を布団で寝かせてやる。
ここにくるまで全く起きなかった。図太い男だ。
静雄は小さくため息を吐くと、自分はそのまま畳に横になった。
仕事で疲れていたのだろう。すぐに眠気が襲ってくる。
朝起きたら面倒なことになりそうだな、なんて考えながら、静雄は眠りに就いた。
******
目が覚めると、静雄は目の前にすぐ男の顔があるのに気付いた。
相手が臨也であると気付くまで、一瞬掛かった。
「おはよう、シズちゃん」
にこりと笑うその笑みは、臨也が客に見せるものと同じだ。
一瞬で目が覚めると、静雄は舌打ちをする。
「目ぇ覚めたんならとっとと出てけよ」
「やだなぁ、シズちゃん。俺のこと連れ込んどいてその言い草?」
「……うぜぇ」
助けたことを後悔した。これはそういう男だ。
静雄がため息を吐くと、臨也はまた、笑う。
「酔い潰れた俺をわざわざ家に連れてきてくれた、ってとこかな」
「覚えてんのかよ?」
「飲んだのは覚えてる」
どけ、と手でのけると、臨也はすぐに顔を離した。
どうやら昨夜酔っ払った記憶はあるらしい。
やはり放っておくべきだった、と静雄は舌打ちをした。
「お礼しなきゃいけないよね。助けてもらったんなら、しなきゃだめだ。そうだなぁ…お礼はデート1回!」
「寝言は寝て言えよ…」
「何言ってるの、シズちゃん。お金を出してまで俺とデートしたいって人はたくさんいるんだよ?」
「じゃあそいつらとデートすりゃいいだろ。俺は忙しいんだよ」
戯言に巻き込まれるなんてごめんだ。
静雄が煙たそうに手を振って言うと、臨也はその手を取る。そうして、にこりと微笑んだ。
やめてほしい、と静雄は思う。まるで、客を相手しているときと同じなのだ。
こういうとき、臨也はホストなのだと、静雄ははっきりと実感できる。
「デートしようよ、シズちゃん。ね?」
「手前としてもおもしろいわけねぇだろ」
「俺は面白いけどね?」
くすくすと楽しそうに臨也は笑う。
作り笑顔はもううんざりだった。
「手前と一緒にいて楽しいわけねぇだろ」
「そうだね、シズちゃんは俺のこと大っ嫌いだもんねぇ」
ホストという職業は、臨也にぴったりだろうと静雄は思う。
適当に話して、笑って。相手を乗せる。
それで金をもらっている臨也だけれど、本職は別だと静雄は知っていた。
臨也にとってホストとは、人間観察のためにやっている職業でしかないのだ。
だから本気になった客は振る。
「趣味悪ぃんだよ」
「そう?でも結構本気でしたいけどね。シズちゃんとデート」
「……そういうのは客に言えよ」
冗談だと分かっている。だからこそ、腹立たしかった。
「やだなぁ、シズちゃん。俺はお客さんとはデートなんてしないよ」
臨也がにこりと笑って言う。静雄はため息を吐いた。
この男は本当に口がうまい。
「だったら手前、ホスト辞めろよ。そしたら、デートでも何でもしてやる」
乗ってくるとは思えない。
静雄がそう言って返すと、臨也は目を丸くし、すぐに携帯を取り出した。
「ああ、俺だけど。辞めることにしたから」
その言葉に静雄が目を丸くする番だった。
何を言い出すのだろうか、この男は。
静雄が驚いている間に通話を終えると、臨也は静雄を見て笑う。
「じゃ、デートしようか?」
その笑顔は、客に向ける笑顔ではなかった。
おわり
'10.10.25
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