成熟期

これの続き

静雄はつい先日、臨也と恋人という間柄になった。
ナイフを突き付けられながらの告白は、静雄に衝撃を与えた。
長年追い続けてきた相手であり、憎い相手でもある。
しかし、静雄自身も臨也に依存している部分があった。

「ねえシズちゃん」
「……んだよ?」

休日、臨也のマンションへと静雄は足を運んだ。
なんてことはない。臨也に呼ばれただけだ。
遊ぶように静雄の髪に指を絡めながら、臨也は目を細めて笑った。

「恋人になってくれる、なんてどういう風の吹き回し?俺のこと大っ嫌いじゃなかったの?」
「別に、嫌いじゃ、ねぇ……」
「ふぅん?じゃあ、好き?」
「ばっ……!」

顔を上げると臨也と目が合う。
紅い目は、いつにも増して上機嫌だった。

「ほら、言ってごらんよ、シズちゃん。俺のことが好きだ、ってさ」
「て、手前ぇええええ!」
「じゃあ好きじゃないってこと?」

臨也は好き、という言葉を静雄の口から聞き出そうとしている。
本心は好きだ。臨也以上に惚れてる相手なんていない。
それでも、それを言葉にするのは勇気がいる。
何しろ相手は臨也だ。今までそんな素振りを見せたことがない。

「そ、そういう手前はどうなんだよ?」
「ん?ああ、シズちゃんのことは好きじゃないよ」

お返しのつもりで言うと、臨也は笑みを浮かべたままそう言った。
あれは、からかっていたのだろうか。
静雄の心が急速に冷めていく。
臨也の言葉を信じた静雄が馬鹿だったのだ。
犬猿の仲で、顔を合わせれば殺し合いばかりしてきた相手を、好きだなんて。

「……そうかよ」

静雄はそれだけ言うと、臨也の手を振り払ってソファーから立ち上がる。
ふざけるな、と言って殴りかかってもよかったのだが、そうする気にはなれなかった。
からかわれたことは非常に腹立たしいが、それ以上に、悲しかった。
静雄は臨也に依存している。
どれほど本気で向かおうと、臨也は決して壊れたりしない。
短気を起こして殴りかかっているものの、臨也が相手だと心おきなく向かっていけるのだ。
ある意味、一番近くにいる存在だ。

「シズちゃん、帰るの?急にどうしたの?」
「うるせぇ」
「ああ、好きじゃないって言ったから拗ねちゃったのか。ねえシズちゃん」
「あ?」

振り向くと、臨也は笑っていた。

「好きなんかじゃ足りないよ。それだけじゃ全然足りない。不完全だ。好きだなんて言葉じゃ綺麗すぎる。俺がシズちゃんに抱くのは、もっと欲深くて、浅ましい感情だよ」
「はぁ?」
「ねえ、シズちゃん」

わけが分からない。
静雄が眉を顰めると、臨也は静雄の頬を人差し指の背で撫でた。
その接触は、初めてだ。
いつも二人が触れあうときは、傷付け合うときだった。

「愛してるよ。好きなんかじゃ、もう足りない」

穏やかで、優しい声。
それはまるで臨也ではない別人の声のようで、静雄は一瞬、固まった。
しかし、はっとして目を逸らすと、顔を赤く染めて小さく呟いた。

「俺も、好き……だ……」
「うん!シズちゃん愛してるよ!」

ぎゅっと抱きついてきた臨也を受け止めると、静雄は臨也の頭に頬をすり寄せた。
一瞬臨也がぴくりと反応したけれど、それでも構わず臨也の耳当たりに頬を寄せたままでいた。
恥ずかしい。顔を見られたら、一生からかわれ続けるだろう。

「もっと甘えていいのに」

背中を撫でられ、静雄は臨也に身体を預ける。
相手は臨也だけれど、今は恋人同士だ。
言葉では表せられない安心感に包まれ、静雄はそっと目を閉じた。


おわり


'10.08.28


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