どこか遠くへ
池袋へ赴く際、臨也は普段電車を利用していた。
電車はおもしろい。
新宿から池袋まで来るのなら、湘南新宿ラインや埼京線を利用する方が速いのだが、臨也は山手線を使っている。
電車は人間観察には絶好の場だ。
マナーやモラルを無視して車内で通話する者。それを苛つきながら横目で見る者。
楽しそうに話す者。ぐっすりと眠る者。
黙って携帯を操作している者。携帯ゲーム機で遊んでいる者。
中には器用に化粧をする者だっている。
それらを観察しながら、臨也はいつもおよそ十分間の電車の旅を楽しんでいた。
しかし今日、臨也は車で池袋へとやってきた。
このご時世、販売員の売り方にも社命が見て取れるようで、気まぐれに買ってみたのだ。
池袋という町は、車での移動よりも徒歩の方が便利なことがある。
細い路地裏なんかは車では入れないし、何より、駐車代が高い。
路上駐車ができないわけではないが、他への迷惑以外の何物でもない。
駐車場に車を止め、約束の場所へと向かう。
道行く人々を眺めながら、臨也は目的の人物へと近付いた。
「シーズちゃん、待った?」
ざわ、と辺りが騒がしくなる。
それに気付きながらも、臨也はにこやかに笑いながら静雄に近付く。
「……遅ぇんだよ」
「ちょっと道が混んでてね」
「はぁ?」
意味が分からない、と言ったように静雄は首を傾げる。
臨也は楽しそうに笑った。
車を買ったのは気まぐれでも、今日乗ってきたのは静雄を乗せるためだ。
デートしよう、と言い出し池袋で待ち合わせをした臨也だが、池袋でデートするつもりは毛頭ない。
この町では二人とも、少々目立ちすぎる。特に、二人でいるときは。
「車買ったんだよ。ほら、行くよ」
「車?手前、免許持ってたのかよ」
「俺はシズちゃんと違って、教習中に教官をぶっ飛ばしたりしないからね。知ってるんだよ?シズちゃんがあちこちの教習所に出入り禁止になってることくらい」
臨也がそう言って笑うと、静雄は忌々しそうに舌打ちをする。
教えを請う立場ではあるのだが、車という狭い空間で、教官の言葉をおとなしく聞けるほど、静雄の気は長くない。
チッ、と舌打ちをする静雄をくすりと笑うと、留めておいた車まで着いた。
「車まで黒かよ……」
ぽつりと呟いた静雄の声に、臨也は思わず笑ってしまった。
「黒だとちょっと重々しい気はしたんだけどね」
「ふぅん……」
「さ、乗って乗って。今日はちょっと遠くまでいこう」
「どこ行くつもりなんだよ?」
首を傾げながらも助手席に乗り込む静雄を見て、臨也は機嫌よく答えた。
「そうだなぁ……誰も俺たちが平和島静雄と折原臨也だって知らないところ、かな」
誰も自分たちを知らない土地へ。
臨也が笑うと、静雄は一瞬目を丸くして、ふっ、と吹き出して笑った。
たまにはこんな日も悪くない。
おわり
'10.08.24
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