言葉に潜む意味

弱っている臨也を見るのは初めてだった。
静雄は思いのほか呆気なくゴミ箱に潰されている臨也を見て、標識を放り投げた。
妙に冷静になってしまった。
あの標識も全て、静雄の会社の社長が賠償している。
静雄の給料から天引となっているものの、迷惑を掛けているのは事実だ。

――ああ、またやっちまった。

目の前でゴミ箱3個に押し潰されている因縁の相手など頭になく、静雄はぼんやりと考えていた。
どうして自分はこうなんだろう、と。
もしこんなふうに怒りっぽくなければ、臨也と関わりを持つことだってなかったかもしれない。

「ひどいなぁ、シズちゃん……」
「なんだ、生きてやがったのか」
「止めを刺さないくせによく言うよね。本当、シズちゃんはひどいよ」

がらん、とゴミ箱を退かし、臨也は地べたに座り込んだまま静雄を見上げる。
紅い目が静雄を射抜く。この目は苦手だ。
臨也は自分で自覚してやっているのかもしれない。
静雄は昔から、臨也にまっすぐ見つめられるのが苦手だった。
この目は、捕食者の目だ。
まるで自分が獲物にでもなったような気分になり、落ち着かない。

「シズちゃんはさ、理屈の通じない暴力をふるうけど、変なところ、理由を求めるよね」
「あ?」
「いつもそうだ。理屈なんか関係ないほどの力で、理論を潰すくせに、暴力をふるい終わった後は何かを考えてるでしょ?不思議だと思ったんだよね」
「……うるせぇ」

そんなふうに臨也が自分を見ていることなんて、静雄は知らなかった。
驚きを隠すように悪態を吐くと、臨也から視線を背けた。
慣れない。こんなふうに会話をするのは。
それでも臨也は話を続ける。

「考えたりしないで、ずっと暴力だけふるっていればいいのに。そうしたら、もっと使いやすかったのにさ。単細胞で単純なくせに、妙なところで鋭いし、本当に扱いにくいよ」
「手前に使われる気なんかねぇよ。ざけんな!」
「はいはい、そんなことくらい知ってるよ」

静雄がじろりと臨也を睨むと、臨也は素の表情になる。
普段の笑みは消え、感情を見せない顔となった臨也を見ると、静雄は肩の力を抜く。
静雄にはよく分からないのだが、作られた表情は臨也にとって一種の防衛術なのかもしれない。
常に考えを読ませない笑みを浮かべ、時には人を騙すために穏やかな笑顔だって見せる。
しかし、そのどれも偽物だ。本質とは全く異なる。

「思い通りにならないよねぇ」
「なってたまるか!死ね!」
「シズちゃんにはさ、死ねって言われるより殺すって言ってほしいな」
「……ついに頭も腐っちまったのか」
「馬鹿だね、シズちゃんは」

ふ、と臨也が笑う。これは本物だ。
静雄が驚いて目を見開くと、それに気付いた臨也は途端に作り物の笑顔に変わる。

「ねえシズちゃん、俺は長生きしたい。死の先には何もないと思ってるし、死んでしまっては意味がない。
死は即ち無だ。そこには恐怖も何もない。何かを感じることさえできない」
「……何が言いてぇんだよ?」
「俺は自ら死を望まない。ただ、シズちゃんから与えられる死なら、悪くないと思うよ」

臨也の言葉からは真意が掴めない。
死を無だと言い、その先は何もないと言っているにも拘らず、死を与えられる相手に静雄を選ぶだなんて、どうかしている。
作り物の笑みを浮かべたまま、臨也はじっと静雄を見つめている。
臨也はいつもそうだ。
静雄を対峙するときは、いつだって目を見つめてくる。

「ほら、また考えてる」

臨也はくす、と笑う。馬鹿にされてる気分だ。
ただ、当たっている。
静雄は確かに考えていた。臨也の言葉の、その意味を。

「だから手前は何が言いてぇんだよ!ご託並べて誤魔化すんじゃねぇよ」

考えても意味がない。
臨也の考えていることなど、静雄には分かりっこないのだ。
そもそも、分かりたいとさえ思わない。

「シズちゃんは暴力をふるってるときが一番綺麗だ。それ以外は、人間らしすぎてつまらないよ」

この言葉は、誤魔化しをなくした臨也の言葉だ。
理屈を抜きにして、静雄はそう感じた。

「暴力をふるってるときの君は、一番純粋で、一番綺麗だ」

そう言って微笑んだ臨也の表情は、偽物なのか本物なのか静雄には分からなかった。


おわり


'10.08.24


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