淋しさの繋ぐもの R18

土砂降りの雨の中、静雄は路地裏で黒い固まりを見つけた。
臨也だ。見慣れたコートを着ている。
ぶん殴ろうと静雄が近付いてもぴくりとも動かない。

「臨也……?」

呼ぶと、黒い固まりから端正な顔が上がった。
臨也だ。
しかし、臨也は焦点の合わない目でぼんやりと静雄を見つめたまま、動かない。
常にない様子に、静雄は臨也の方へ傘を差してやった。
いつからここにいるのか分からないが、臨也はびしょぬれだ。
黒い髪はシャワーでも浴びたかのように濡れていて、いつもの黒いコートは雨水を吸って重くなっている。

「おい、臨也」

もう一度静雄が呼ぶと、臨也は首を傾げた。
ぼんやりとしたその表情に、ぞくりと静雄の背筋に嫌な予感が過ぎる。
どうかしてしまったのか、と。


臨也は情報屋だ。一般人とは言い難い。
さらにはろくでもない趣味の持ち主でもあり、臨也に恨みを持つ者は少なくない。
うまく立ち回る臨也だから、飄々とかわしているのだろう。
臨也なんかくたばってしまえ、と思う反面、自分以外の誰かの手によって臨也が傷付けられるのは面白くない。
自分以外の誰かのせいで、臨也がおかしくなったのだとしたら、非常につまらない。

「おい、臨也」
「あぁ、シズちゃんか……」

臨也の声でぽつりと呟かれたのは、静雄の嫌う愛称。
静雄は思わず眉を顰める。

「その呼び方やめろっつってんだろうがよ!」
「あは、はは……」
「おい、ノミ蟲?」
「は、はははは……シズちゃんだ……」

緩慢な動きで臨也の手が静雄の腕を捕らえる。掴んですぐ、強引に抱き寄せられた。
静雄の持っていたビニール傘が、地面に落ちた。

「シズちゃん、シズちゃんだ……」

臨也は何度も確かめるように静雄を呼び、きつく抱き締めた。
臨也の体は冷たい。
静雄の熱がじんわりと臨也に伝わる。

「な、んだよ……」
「……シズちゃん」

臨也の目が静雄を射抜いた。
簡単に振り払えるはずなのに、その目に見つめられ、静雄は動けなかった。
そんな静雄を見て、臨也は愛しそうに目を細めて笑う。
いつもと違うその笑みは、綺麗だった。

「シズちゃん、寒いよ」
「……雨ん中にいりゃ、寒いだろ」
「暖めて、シズちゃん」

ふざけるな、と言って殴れば、いつも通りに早変わりだ。
しかし、静雄はそうしなかった。
静雄もどうかしているのかもしれない。

「シズちゃん」

また、臨也が名前を呼ぶ。
ゆっくりと顔が近付いて、唇に柔らかなものが触れる。
驚いた静雄だが、臨也の舌が咥内に入り込むとぎゅっと目を瞑った。
キスは初めてだった。
引っ込んだ静雄の舌に、臨也の舌が誘うように触れる。
恥ずかしくて、何が何だか解らなくて。
静雄はただその口付けを甘受していた。

「ふぅ、ん……」

思わず、鼻から声が漏れる。
それでも臨也は逃さないと言わんばかりに静雄をきつく抱き締める。
冷たい雨の中なのに、体が熱くなっていく。

「は、ぁ……」
「……かわいい」

ようやく唇が解放された。
静雄が肩で息をしていると、臨也はそう言って静雄の鼻に唇を落とした。

「ねえ、シズちゃん」

臨也の声が甘く響く。
だめだ、と静雄の頭で警鐘が鳴る。
そのまま流されてしまうかもしれない。
反応したものを臨也はぐい、と静雄の太股に押し付けた。

「セックスしようよ」
「だ、めだ……」
「何で?」
「冗談じゃねぇ!ヤリてぇなら他を当たれ!」

つい、と臨也の指が反応し始めている静雄のものに触れる。
スラックス越しではあるが、ぴくりと反応をしてしまった。
意地悪く撫でられた。

「嫌だね。他には興味がないよ」

まるで愛の告白だ。
静雄が顔を赤く染めると、臨也は楽しそうに笑う。

「シズちゃんがいい」
「黙れ……」
「シズちゃんじゃなきゃ嫌だ」

ぎゅっと抱き締められ、静雄はどうしたらいいのか分からなくなった。
相手は臨也なのだから、振り払って殴るなりすればいい。
しかし今は、そんなことをしたくなかった。

「本当、シズちゃんは優しいよね」

つけ込むよ、と言って臨也はまた静雄に口づけた。
それをおとなしく受け入れてしまう。
静雄はそんな自分が分からなくなった。
殺してやりたいと本気で思う相手なのに、どうして受け入れるのか。
静雄は心のどこかを臨也に許してしまっている部分に気付いた。



******



熱い。苦しい。
身の奥に臨也を受け入れながら、静雄はどこか満たされた気分だった。
殴り合い以外で、他人とこうして接したことはない。
これほどまでに近くにいるのは、大嫌いなはずの臨也ではあるけれど。

「シズちゃん……」

余裕のない声で臨也が静雄を呼ぶ。
口を開けば理屈をこねくり回した、静雄のもっとも嫌う話し方をするくせに。
卑怯だ、と静雄は思った。

「ん、だよっ……くっ……」
「も、イクっ……」
「う、ぁっ!」

びくりと奥で臨也のものが跳ね、熱い欲を吐き出された。
静雄にあるのは痛みばかりで、快楽なんてものはない。
奥深くを満たしていく熱に、静雄はぎゅっと目を閉じた。

「さい、あくだ」
「俺は最高だったよ」

吐き捨てるように静雄が言えば、臨也はいつもの笑みを浮かべて言う。

――元に戻ったのか。

いつもなら腹立たしいその顔にも、今はどこか安堵してしまう。
静雄は舌打ちをすると、まだ自身を引き抜かない臨也を睨み付ける。

「とっとと抜けよ」
「ん、もうちょっと」
「あぁ?気持ち悪いんだよ、抜け!」
「ああ、シズちゃん初めてだったのに中で出しちゃったからね。ちょっと待ってて。後で処理してあげるよ」
「は?」

機嫌良さそうに臨也は笑う。
静雄には意味が分からなかった。
繋がる前まで、否、達するまでの臨也はどこかしおらしかったというのに、今ではもうすっかりいつも通りだ。忌々しい。
不意に臨也の手が静雄の頬を撫でる。

「……んだよ?」
「んー、可愛いなと思ってね。シズちゃんってば必死で俺を受け入れてくれるんだもん。思い出すだけでもう一回イケそう」
「ざっけんな!抜けっつってんだろ!」
「はいはい」

ずるりと抜かれると、静雄の秘部はひくんと反応を示す。
違和感はまだ消えない。
それでも明日になれば綺麗さっぱりなくなっているのだろうけど。

「すっごい光景……堪らないね」

白濁が静雄の後孔からどろりと溢れた。
臨也は楽しそうに、嬉しそうに笑うけれど、静雄にしてみれば不快以外の何物でもなかった。

「シズちゃんを汚したいってずっと思ってた。こんなふうに、組み敷いて」
「喧嘩売ってんのかよ?」
「もっと奥まで入り込んで、孕むくらい何度も何度も」
「臨也……」

執着されるのは悪くない。
静雄は自身の持つ力ゆえに、人との接触をどこか恐れている。
臨也くらいなのだ。真正面から対峙できるのは。
もちろん、臨也自身では静雄には敵わない。
裏から手を回して静雄を貶めることの方が多い。
それでも、臨也だけだった。
こんなふうに、ゼロ距離まで近付いたのは。

「シズちゃん、月が綺麗だね」

臨也は目を細め、ゆるりと微笑む。
その笑顔に嫌味はなく、静雄はため息を吐くと、自分から臨也に口付けた。

「月なんか出てねぇよ、ばぁか」

静雄がそう言って笑ってやると、臨也は一度目を丸くし、しかしすぐに笑みを戻す。

「知ってるよ」

臨也の手が静雄の手に触れ、気まぐれにぎゅっと繋がれた。
孤独を癒すのなら、これくらいの接触でも十分だ。
静雄はそう思った。


おわり


月が綺麗ですね=I love you (夏目漱石訳)


'10.08.21


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