錯綜する想いたち

逃げなくてはいけない。
どこか遠くへ。
とにかく、どこでもいいから。

息を切らしながら、静雄はただただ走った。
自分がどこへ向かってるのか分からない。
逃げ出した理由だけ、分かっている。
臨也から、逃げ出した。
いつもは向かっていく臨也から、静雄は逃げ出したのだ。

「くそっ……」

足を止める。
振り向く。
誰もいない。
虚しくなってきた。
静雄が逃げ出そうと、臨也は追い掛けても来ないのだ。
自分たちの関係を考えれば、それは当然のことだった。
殺し合うより他に、静雄は臨也とどう接したらいいのか知らない。

「ねえ、それからどうするの?」

聞き慣れた声が鼓膜を揺さぶる。
静雄はびくりと肩を揺らした。

「シズちゃんの考えてることは本当に理解に苦しむよ。
何がしたいのか分からない」
「臨也……」
「何で俺から逃げるの?」

臨也の紅い目が、静雄をまっすぐ見つめる。
理由なんて言えるはずがなかった。
静雄は無言のまま、臨也から視線を逸らした。
舌打ちが聞こえる。

「何だって言うのかなぁ、シズちゃん。
君に時間を取られるだなんて、浪費以外の何物でもないんだけど」

苛立った声に、静雄はため息を吐いた。
臨也の言葉が突き刺さる。
苦しくて、切なくて。

「……シズちゃん」

声を荒げない臨也にしてはめずらしく、怒気を含んだ声だ。
だったら放っておけばいいだろう、と静雄は思う。
時間の無駄だと言うのなら、何も追ってくる必要はない。

「俺から離れるの?」

臨也の声に感情がなくなった。
見れば、臨也は表情を一切消して静雄を見ていた。

「答えなよ、シズちゃん。
いつまで黙り込んでる気?」
「臨也……」
「本当にどうしたの?
シズちゃんらしくもない」

何を言えばいいのか、静雄は分からない。
臨也の問い掛けに対して馬鹿正直に答えれば、逃げ出した意味がない。

「シズちゃん?」
「逃げてぇんだよ、俺は」
「は?」

意味が分からない、と臨也が首を傾げる。

「くそっ……」
「えーと、シズちゃん?
俺から逃げたいってことかな?」
「だったら何だってんだよ」
「馬鹿だよね、本当にさ。
シズちゃんがいくら逃げたくても、逃がしたりしないよ」
「あ゙ぁ!?」

臨也が静雄に近付いた。
伸ばされた手の意図が掴めない。

「何のために俺がこんなことしてるかなんて、シズちゃんには分からないんだろうなぁ」
「何だってんだよ!触んな!」
「俺がシズちゃんを離すわけないでしょ」

臨也の言葉に静雄の動きが止まる。

「は……?」
「離さないよ。
君はずっと俺を憎んで、他の誰も見ないくらい、盲目的に俺を追い掛けてくればいい」
「え?何……臨也?」
「ずーっと、それでいいんだよ。
今更何で逃げようとしてるのか知らないけど、離してなんかやらないよ」

かぁ、と静雄の顔が赤く染まる。
これではまるで、臨也が静雄から離れたくないとでも言うようだ。

「シズちゃんはさ、俺のなんだから」

腹立たしいと思っても無理のない言葉なのに、静雄は怒る気にはなれなかった。
ひどく歪んでいるけれど、それは確かに独占欲だ。
人間全てを愛している、という臨也が見せた、実に滑稽な独占欲。

「……そんな顔、誰かに見せたりしてないよね?」
「してねぇよ。
みっともないだけだろ」
「いや、ひどくそそられるね」
「悪趣味なやつ……」

逃げ出したいと思った気持ちさえ忘れ、静雄は舌打ちをした。
もう逃げる必要はなかった。

「俺から逃げようとか思うんじゃねぇぞ、ノミ蟲が」
「さあ、それは約束できないなぁ」

にこりとわざとらしく笑う臨也を見て、静雄は小さく安堵した。
きっとこの先もこの歪んだ関係は変わらない。
形を変えるときが来るとすれば、きっと静雄は受け入れるだろう。
遊ぶように頬を撫でる臨也の指を、静雄は黙って好きなようにさせていた。


おわり


'10.08.16


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