創作memo | ナノ

 

 今日も介護のためにあの人の部屋を訪れる。二年前帰ってきた時の彼はライアンさんに支えられていた。顔は見えなかったけど、俯いたものからは溢れんばかりの涙を流していたのを覚えている。何があったのか。グレイシス当主に聞いてみたけど詳しいことは教えて貰えなかった。ただ、相棒と離れ離れになったことは彼にとって支えがいなくなったのだと。魔術師が居たことで今まで精神状態が保たれていたのだと…そう告げられた。当主は哀しげに手を顔にやっては静かに泣いた。双黒の魔術師はこの人の息子でもあった。家族を喪ったときの哀しみは実際に経験したものでないと分からない。私も大災害で両親を亡くしている。孤児として姉と二人きりで生きてきた。
 失礼します、そう断って私は扉を開ける。一人分にしてはやや広い部屋の構図は二年前から変わっていない。悪戯を練るために物が散らかった作業机、椅子や弓矢の位置。そして窓際のベッドの上で一人外を眺めている男性。少しだけ伸びた髪のせいか、鋭利を帯びた瞳のせいか、相貌は以前よりも大人びたように感じる。しかし、決して大人びた訳ではない。悲しみのあまり深く自分を閉じ込めてしまったという。帰ってきてから幾度か姉と話し掛けてきたが反応が無いことがその証拠だ。
 姉は「何くよくよしてるんだよ!!」と最初は渇を入れたけど、無反応が続きやがてからかうことを諦めた。共に悪戯していた相手が突如脱け殻のように成ってしまったのだから仕方がない。
 グレイシス当主から言われたことは「いつも側に居て、話し掛けてあげなさい」。自分は許してもらえていないから効力は無いと、私なら気付いてもらえると。だから私は毎日この部屋を訪れている。何気無い話しかしていない。日常の中で起きたことしか話題がないのだ。
 今日は昨日姉が彫刻師の事について話していたので、話題をそれにした。前に助けた青年が御礼にと小さな木彫り人形を持ってきてくれたという、本当になんて事ない話。相変わらず反応は無く、視線は空虚を見つめているけれど。通り話し、私は食事を運ぶために立ち上がる。この人の世話を一任されている。出来ることは限られてしまうが、一つでも出来ることがあれば何だってするつもりだ。例え元に戻らなくても、私は側に付く。
 一歩、扉へ向かうために歩きだそうとすると、袖の一部を掴まれては立ち止まった。振り返るとイルファーナさんがもの惜しそうに強く私の服を掴んでいた。どうしたんですか、そう問うと彼はボソボソと何か言葉を発しては俯いた顔を上げた。
 首を傾げる私を、彼は自分の方へ抱き寄せた。強く抱き締めると酷く震えた声で「行かないでくれ」と言った。

「……お願いだ……独りに…しないで、くれ…」

 今にも泣きそうな、哀しみに明け暮れたものだった。私の方に顔を埋める彼を、私は優しく抱き返す。

「大丈夫ですよ」

 私は寂しさを和らげるように囁いた。詳しくは分からないが、彼も本当の家族を全員喪っている。死体だらけのリランカドル邸から今の養父に養子として引き取られたのだ。家族を亡くし、更に相棒と離れることは彼にとって絶望的だったのかもしれない。

「私が、貴方を独りにはさせません。一緒にいます」

 今度ははっきりと断言する。それが心の鎖を解き放ったのか、彼は嗚咽を上げながら私の名を何度も繰り返しながら抱き締めていた。
 絶対。そう口にはしなかった。言葉は人を安定させる力を持つという。しかし裏切りもある、と。そうなると人は途端に立ち上がれなくなってしまうのだ。私はこの人を想う気持ちは変わらない。支えていこうと決めたのだ。
 日が沈むまで嗚咽は成り止まず、夕飯の支度が遅くなってしまった。彼がゆっくりと食べ終わるのを待ち、子供のように寝付く頃まで一緒に居てあげた。姉からは「本当に夫婦みたいだな」と言われてしまったけれど。でも今の私はそうしてもいいかなと心なしか考えていた。

 自分の欲のためではない。私が彼の側にいることが現在出来る役目だと思うから。
それは一時的ではなく、全てが元に戻る、その時が過ぎても。

【……fin】

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2014/12/14 (20:27)


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